も惜しがってでもいるようにあの方に見られたくはないと思って、私は痩《や》せ我慢《がまん》をしていたが、側の者たちがいろいろと気づかって、しきりに芥子焼《からしやき》なんぞという護摩《ごま》なども試みさせるのだけれど、一向その効力はないのだった。――そうやって私がひどく苦しみ続けている間も、あの方は謹慎中だからと言われて一度だって御見舞には来て下さらなかった。何でも新しい御邸《おやしき》をおつくりなさるとかで、そちらへ毎日のようにお出《いで》になるついでに、ちょっとお立寄りになっては、「どうだ」などと車からもお下りなさらずに御言葉だけかけていらっしゃるきりだった。そんなような或物悲しく曇った夕暮に、私がすっかり気力も衰え切っているところへ、そちらからお帰りの途中だといわれて、あの方は蓮の実を一本人に持たせて、「もう暗くなったので寄らないけれど、これは彼処のだから御覧」とことづけて寄こされた。私は只「生きているのかどうかも分かりません程なので――」とだけ返事をやって、そんな蓮の実なんぞは見る気にもなれずに、そのまま苦しそうに臥したきりでいたが、そのような大そうお見事らしい御邸だって、そのう
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