遠近《おちこち》の国々へお下りになっていた。たまさかに京へお上りになっても、四五条のほとりにお住いになるので、一条のほとりにあった私の家とは大へん離れていた。それで、こうやって私たちが人少なに住んでいた家は、誰も取《と》り繕《つくろ》ってくれるような者なんぞ居なかったので、次第次第に荒れまさって来るのを、私はただぼんやりと眺めながら、漸《ようや》く成長して来る道綱一人を頼みにして、その日その日をはかなげに暮しているばかりだった。
そのうちにやっとその幼い道綱が片言まじりに物が言えるようになって来たが、それも、いつ聞き覚えたのか、あの方がいつもお帰りの時に、「そのうちに又――」などと仰《おっし》ゃって出て往かれるのを、「又ね……又ね……」などと口真似をして歩きまわったりしているのだった。――そのようなわが子のあどけない姿を見て覚えずほほ笑まされながらも、どうしてまあこうも自分はこんな幼な子の無心の振舞の中にすら、それに写る自分の悲しみをしか見出せないのだろうと歎かずにはいられないのだった。
こういう私たちの日頃の有様を御覧になっても、あの方は一向|無頓著《むとんじゃく》そうに、たまに
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