お出《いで》になったかと思うと、又すぐお帰りになって往かれた。大かた私たちが心細がっているだろうとさえもお思いにはならないものと見える。いつも云いわけがましく「この頃は為事《しごと》が多いので――」などと仰ゃっては入らっしゃるけれど、まあちょっとでもこれに目をお留めなすったら、この数知れぬほどな蓬《よもぎ》よりもまさかお為事が多いとは仰ゃれまいにと、私はわが家の荒れ放題になった庭をいまさらのように見やっては、少し自嘲的な気持にもなって、それがますます荒れ果てるがままに任せておいた位だった。
 そんな私に向って、「まだお若い身空ですのに、どうしてそのようにばかりして入らっしゃるのですか」と気づかっては、熱心に再婚などを勧めてくれる人もあった。それだのに、あの方はまたあの方で、「おれの何処が気に入らないのだ」と云った顔つきをなすって、少しも悪びれずにいらっしゃるので、本当にどうしていいのやら、私は思いあぐねるばかりだった。何んとかしてこの胸に余る思いをつぶさにこの人にも分からせようがものはないかと思えば思うほど、私はあの方に向っては一ことも物を言うことが出来ずにしまうのだった。
「今のよう
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