いと、つい読まずにしまって、あとで後悔することが多いのです。この頃は何かにつけて、もうすこし自分というものを突放して、他人というものに真面目に向わなければならぬと考えておりますが……
 作者にとっては何よりもうれしい御言葉をあなたが与えて下すった「かげろうの日記」も、私にとっては、先ず何よりも自分以外のものへの熱心な話しかけでありました。そうして私の話しかけた人達のなかから、数人の相当の年輩の女の方だけが私の問いにまさしく答えてくれました。私はあなたをもその一人に数えることが出来るのだと知って、いま、その事でどんなによろこんでいるか、殆どお分りにならない位でしょう。――そういう本当の読者がまだ少なくて、ほんの数人きりであったにせよ、それだけでも私の仕事の自分に対する意義はあったのだと思えるのです。
 この私のはじめての他人への話しかけであった作品、及びこれからの私のしようとしている長い他人との対話[#「長い他人との対話」に傍点]であるべき新しい仕事から見れば、これまでの「美しい村」や「風立ちぬ」なんぞは、ほんの私のモノローグに過ぎぬでしょう。いつかまた、さまざまな見知らぬ他人との対話だ
前へ 次へ
全10ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング