、室生《むろう》さんから「つくしこひしの歌」をいただいて、気分のいいときに拾い読みした短篇中の心にしみたかずかずの情景が、此処にこうしていると、何か目前に彷彿《ほうふつ》として来てならないのも、それとこれとに一味通じあった一種の翳《かげ》りのようなもののあるためかともおもえるような、けさは静かな朝です。
「つくしこひしの歌」――私達にはもちろんのこと、それをお書きになられた室生さん御自身にも本当に思いがけなかったにちがいないような、純粋な、いじらしいばかりの作品、――それは同時にそんな小説をお書きになろうとは思いもよられなかったであろう「死のいざない」の最近のにがい御経験の中からでなければ、そんなにも甘美に、そんなにも無心に描かれはしなかったろうと思われました。そういう二つの極端のものをいつも御自身の裡にごく自然にお生かしになっていられるのには、それを見出す度にいつもの事ながら私は感嘆の念を禁じ得ません。
あなたの御近作、いまだ拝見しておりませぬのが甚《はなは》だ心残りです。私はどうもこれまですべてに無精で、友人の作品でも、よほどそれを読みたいときに丁度手もとにあるような具合に行かな
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