あら》ずして何ぞや。
 次ぎに本篇二頁下段「余は幼なきころより厳重なる家庭の教へを受け云々」より以下六十余行は殆《ほと》んど無用の文字なり。何となれば本篇の主眼は太田其人の履歴に在《あ》らずして恋愛と功名との相関に在ればなり。彼が生立《おひたち》の状況洋行の源因就学の有様を描きたりとて本篇に幾干《いくばく》の光彩を増すや、本篇に幾干の関係あるや、予は毫《がう》も之が必要を見ざるなり。
 予は客冬「舞姫」と云へる表題を新聞の広告に見て思へらく、是れ引手数多《ひくてあまた》の女俳優(例へばもしや艸紙《ざうし》の雲野通路《くものかよひぢ》の如き)ならんと。然るに今本篇に接すれば其|所謂《いはゆる》舞姫は文盲癡※[#「馬+埃のつくり」、第3水準1−94−13]《もんまうちがい》にして識見なき志操なき一婦人にてありし。是れ失望の第一なり(失望するは失望者の無理か?)。而して本篇の主とする所は太田の懺悔《ざんげ》に在りて、舞姫は実に此懺悔によりて生じたる陪賓《ばいひん》なり。然るに本篇題して舞姫と云ふ。豈《あ》に不穏当の表題にあらずや。本篇一四頁上段に曰《いは》く「先に友の勧めしときは大臣の信用は
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