き汚穢《をわい》なる愚物は将来決ツして写す勿《なか》れ、此の如きことは何人《なんぴと》と雖《いへど》も為《な》し能ふなりと。予はメルクの評言を以ツて全く至当なりとは言はず。又「舞姫」の主人公を以ツて愚物なりと謂はず。然れども其主人公が薄志弱行にして精気なく誠心なく随《したが》ツて感情[#「感情」に白丸傍点]の健全ならざるは予が本篇の為めに惜む所なり。何をか感情と云ふ。曰く性情《ゼーレ》の動作にして意思《ガイスト》――考察と共に詩術の要素を形《かたちづ》くるもの即ち是《これ》なり。蓋《けだ》し著者は詩境と人境との区別あるを知つて、之を実行するに当ツては終に区別あるを忘れたる者なり。
 著者は主人公の人物を説明するに於て頗《すこぶ》る前後矛盾の筆を用ゐたり。請ふその所以《ゆゑん》を挙げむ。
[#ここから1字下げ]
我心はかの合歓《ねむ》といふ木の葉に似て物ふるれば縮みて避けんとす我心は[#「物ふるれば縮みて避けんとす我心は」に傍点]臆病[#「臆病」に白丸傍点]なり我心は[#「なり我心は」に傍点]処女[#「処女」に白丸傍点]に似たり余が幼き頃より長者の教を守りて学の道をたどりしも仕への道を歩
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石橋 忍月 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング