作《な》すこと能《あた》はざる為なり。今本篇の主人公太田なるものは可憐《かれん》の舞姫と恩愛の情緒を断《た》てり。無辜《むこ》の舞姫に残忍苛刻を加へたり。彼を玩弄《ぐわんらう》し彼を狂乱せしめ、終《つひ》に彼をして精神的に殺したり。而《しか》して今其人物の性質を見るに小心翼々たる者なり。慈悲に深く恩愛の情に切なる者なり。「ユングフロイリヒカイト」の尊重すべきを知る者なり。果して然らば「真心の行為は性質の反照なり[#「真心の行為は性質の反照なり」に傍点]」と云へる確言を虚妄《きよばう》となすにあらざる以上は太田の行為――即《すなは》ちエリスを棄てて帰東するの一事は人物と境遇と行為との関係支離滅裂なるものと謂《い》はざる可《べ》からず。之を要するに著者は太田をして恋愛を捨てて功名を取らしめたり。然れども予は彼が応《ま》さに功名を捨てて恋愛を取るべきものたることを確信す。ゲエテー少壮なるに当ツて一二の悲哀戯曲を作るや、迷夢弱病の感情を元とし、劇烈|欝勃《うつぼつ》の行為を描き、其主人公は概《おほむ》ね薄志弱行なりし故に、メルクは彼を誡《いまし》めて曰《いは》く、此《かく》の如き精気なく誠心な
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