して、此《この》境遇に処せしむるに小心なる臆病なる慈悲心ある――勇気なく独立心に乏しき一個の人物を以《も》つてし、以て此の地位と彼の境遇との関係を発揮したるものなり。故《ゆゑ》に「舞姫」を批評せんと欲せば先《ま》づ其人物(太田豊太郎)と境遇との関係を精査するを必要となす。抑《そもそ》も太田なるものは恋愛と功名と両立せざる場合に際して断然恋愛を捨て功名を採るの勇気あるものなるや。曰《いは》く否な。彼は小心的臆病的の人物なり。彼の性質は寧《むし》ろ謹直慈悲の傾向あり。理に於《おい》て彼は恩愛の情に切なる者あり。「処女たる事」(〔Jungfra:ulichkeit〕)を重《おもん》ずべきものなり。夫《そ》れ此「ユングフロイリヒカイト」は人間界の清潔、温和、美妙を支配する唯一の重宝《ぢゆうはう》なり。故に姦雄的《かんゆうてき》権略的の性質を備ふるものにあらざれば之を軽侮し之を棄却せざるなり(例へばナポレヲンがヨーゼフ※[#小書き片仮名ヒ、1−6−84]ンを棄《す》つるが如し)。否な之を軽侮し之を棄却する程の無神的《ゴツトロース》の苛刻《かこく》は胆大にして且つ冷淡の偽人物に非《あら》ざれば之を
前へ
次へ
全9ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石橋 忍月 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング