》したり。マクベスは間接に道徳に抵触したる所業をしたり。天神記の松王は我愛子を殺したり。娘節用の小三は義利の刀に斃《たふ》れたり。信長の本能寺に弑《しい》せらるゝ、光秀《みつひで》の小栗栖《をぐるす》に刺さるゝ、義貞《よしさだ》の敗績に於ける、義経の東走に於ける、皆罪過なくんばあらず。吾人は断言せんと欲す、曰《いは》く、世に罪過なくして不幸の末路に終るものは之れなしと。人|或《あるひ》は曰はん、キリストは罪過なくして無惨の死を遂げたりと。然れども吾人詩学的の眼《がん》を以《も》つて之を視《み》るときは、キリストと雖も明白なる罪過あるなり。彼はユダヤ人の気風習慣に逆《さか》ひ、時俗に投ぜざる、時人の信服を買ふ能はざる説を吐けり。是れ彼が無惨の死に終りし動力《モチイブ》なり、源因なり、伏線なり。別言すれば彼は術語の罪過を犯せしものなり。孔子の饑餓《きが》に苦《くるし》められしことあるも、孟子《まうし》が轗軻《かんか》不遇に終りしも、帰する所は同一理なり。
吾人が悲哀戯曲に対するの意見|此《かく》の如し。若し世間に罪過は悲哀戯曲に不必要なりと言ふ者あらば、吾人は其暴論に驚かずんばあらず。又
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