84−80]ぎ取らうとしたが、片目になつた私の手は見当が狂つた。私は空しく空間を掴んで顫へる自分の手を見た。
退院したYの姿を思ひ出した。水面に落ちた油のやうに、癩を有つた彼は人間社会から遊離させられるであらう。
果してさうであつた。
三日たつてYからの手紙が着いた。
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――牢獄を背負つて歩いてゐるやうなものです。かつて親しかつた人も、病院にゐた頃に同情を示してくれた人もみな敵です。敵は自分の体内にゐるといつた兄のお言葉も正しいが、しかしまた体外にもゐるのです。内も外も、みな敵ばかりです。癩者はボロ靴のやうに療養所といふごみ箱に捨てるのが人類の正しい発展となるのでせう。自分がボロ靴であることを意識しました――
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眼帯をはづして、私はその手紙を読んだ。充血した眼は、読み終るとジンジンと痛んだ。散歩に出ると、柊の垣の外を覗きながらYの手紙を反芻した。
充血はなかなか散らなかつた。私は終日重い頭で暮した。片目になると太陽の光りまでも半分になつて、昼間でも夕暮の中を歩いてゐるやうな感じが抜けなかつた。私は苛々して眼帯を幾度もむしり取つた
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