。その度に赤くなつた眼は光線に脅《おび》えて涙を垂らした。
私は幾度も鏡の前で瞼をむいて眼球を調べて見た。黒球《たま》の中までも赤くにじんで、ただれてゐるやうに見えた。夜になつて床に就くと、私は眠るのが恐しくなつた。眠つてゐるまにもう見えなくなつてしまつてゐるかも知れないからである。細い糸を引いて天井からぶら下つて来た蜘蛛を、その時私は見つけた。薄暗い部屋の空間で、支へるものもなく揺れてゐる。じつと見てゐて、ぞうつと私の背すぢは冷くなつた。私は空中にぶら下つた縊死体を連想したのだ。私の精神は疲れてゐた。
Yからの通信はその後なかつた。彼のことを思ひ出すと、私の心は曇つた。
私は根気よく眼科へ通つた。ある日、久しく会はなかつたC子に出合つた。彼女は待合室のベンチに盲人達と並んで腰かけてゐた。彼女の眼は両眼とも、私の眼よりも赤くただれてゐた。
「どなた?」
こつこつと彼女の肩を叩くと、彼女は私の方を振向かうともしないで、さう言つた。彼女の眼はもう光りを失つてゐるのであらうか、下を向いた瞼に、ガーゼを当ててじつとしてゐる。
「僕だよ。」
彼女は驚いたやうに貌をあげると、
「まあ。
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