。それは風が消すといふよりも闇そのものが消すやうだつた。あんな可憐な光りでは、あの深くたくましい暗黒に対しては力が無いのであらう。シュシュと飛ばす火の子も悲鳴に近い。闇は平気で呑み込んでしまふのだ。
 しかし、考へてみると私は一生涯あの時のやうにマッチをすり続けるのであらう。消されても消されても、私は全力を尽してその小さな光りを守りとほさうと努力するのであらう。その二年近くの日々もやはりさういふ風であつた。私は幾度かその光りを見た。一瞬、私は私の眼にその焔を映した。しかしその度毎に私は更に一段と深い闇を識つた。小さな光りはあとかたもなく闇の奥に消え去つてしまふのだ。
 私は更に未来の自分を描いて見た。真夜中にふと眼をさましたやうな思ひであつた。ジジジジジジーと鳴るあの耳鳴り、花園の中でその耳鳴りが聴えて来た。あれは黒い闇そのものの音であらうか。いやあれは、闇が私の肉体を食ふ音である。水の中で徐々に※[#「雨かんむり/誨のつくり」、60−3]爛《ばいらん》して行く物質のやうに、黒闇に融解して行く私の肉体の音なのだ。私は闇を見た、闇を。私は昏迷し、花びらを※[#「てへん+宛」、第3水準1−
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