むことも書くことも出来ないのでそのまま横になつたが、私はそろそろ退屈になつて来だした。バットを抜いて一本つけてみたが、煙は苦《にが》く咽喉にさして頭が重くなつた。
 飯を食へば机の前に坐り、書けなくとも昼まではじつとしてゐ、昼食後ちよつと散歩をしてまた机の前に坐つて夜まで過す、これが私の毎日の生活の全部だつたが、この単純な生活の中で本を読んだり書いたりしてはいけないとなると、私の生活は大きな穴になつた。私は部屋を出ると、花園の中などを歩いてみたが、空虚だつた。花は少しも美しくなかつた。立体的な肉感がちつともなく、凡てが平面的に見えた。花びらは、青や赤や黄の色彩だけが浮いて見え、何時もより小さく暗かつた。
 この病院へ入院してからの二年近くを思ひ浮べた。それも真暗な穴のやうに思はれる。片目になつたから何もかもがそんな風に暗く思はれるのだらうか――。しかし私はまだ明るさといふものを知らない。闇の夜に、強い風の中で私は幾度もマッチをすつて提燈の火をつけようとしたことがある。あれはまだ私が十四五の時であつた。マッチはシュシュと燃え上るとすぐ風に盗られて消えた。またすつてみるがまた消されてしまふ
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