をもって思うことなどできないのである。
私もやっぱりそうで、たとえ盲目になることに間違いはないとしても、そう易々《やすやす》とはならないに違いない、おそらくは何年か先のことであろう、それまでに死ねるかもしれない、などと思って、身近なこととして感ずることができなかった。ところがこの充血である。私は否応なく、自分が盲目に向かって一歩足を進めたことを思わねばならなかった。床の中で、私はもうこのまま見えなくなってしまうのではあるまいかと思ったりした。すると五分と眼を閉じたままでいることができなかった。幾度も、そっと開けてみてはまたつぶった。
九時になると、私は右の眼を押えて、不用意に開くようなことがあっても光線のはいらぬようにして、医局へ出かけた。
眼科の待合室にはいってみると、すでにもう二十人あまりもの人が待っている。私は片方の眼で、それらの一人びとりを注意深く眺めた。誰も彼もみな盲目の一歩手前を彷徨《ほうこう》している人々ばかりである。みんなうつむき込んで腰をかけ、眼を閉じ、光線を恐れるように見えた。誰かに話しかけられて貌《かお》をあげる時でも決して充分眼を開くということはなかった。
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