二、三日は良い方なんです。悪い時にはほとんど見えないくらいです。考えてもみてください。絶え間なく眼の先に黒い粉が飛びまわる焦立たしさをね。あなたは水の中で眼を開いたことがありますか、悪い時の私の眼はその水中で眼を開けた時とほとんど同じなんです。何もかもぼうっと爛《ただ》れて見えるのですよ。良い時でも砂煙の中に坐っているようなものです。物を書いていても、読書していても一度この砂煙が気になり出したら最後ほんとに、気が狂ってしまうようです」
ついさっき佐柄木が、尾田に向かって慰めようがないと言ったが、今は尾田にも慰めようがなかった。
「こんな暗いところでは――」
それでもようやくそう言いかけると、
「もちろん良くありません。それは僕にも解っているのですが、でも当直の夜にでも書かなければ、書く時がないのです。共同生活ですからねえ」
「でも、そんなにお焦《あせ》りにならないで、治療をされてから――」
「焦らないではいられませんよ。良くならないのが解りきっているのですから。毎日毎日波のように上下しながら、それでも潮が満ちて来るように悪くなって行くんです。ほんとに不可抗力なんですよ」
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