田はじっと眺めるのみだった。男はしばらく題目を唱えていたが、やがてそれをやめると、二つ三つその穴で吐息をするらしかったが、ぐったりと全身の力を抜いて、
 「ああ、ああ、なんとかして死ねんものかいなあー」
 すっかり嗄れた声でこの世の人とは思われず、それだけにまた真に迫る力がこもっていた。男は二十分ほども静かに坐っていたが、また以前のように横になった。
 「尾田さん、あなたは、あの人たちを人間だと思いますか」
 佐柄木は静かに、だがひどく重大なものを含めた声で言った。尾田は佐柄木の意が解しかねて、黙って考えた。
 「ね尾田さん。あの人たちは、もう人間じゃあないんですよ」
 尾田はますます佐柄木の心が解らず彼の貌を眺めると、
 「人間じゃありません。尾田さん、決して人間じゃありません」
 佐柄木の思想の中核に近づいたためか、幾分の昂奮すらも浮かべて言うのだった。
 「人間ではありませんよ。生命です。生命そのもの、いのち[#「いのち」に傍点]そのものなんです。僕の言うこと、解ってくれますか、尾田さん。あの人たちの『人間』はもう死んで亡びてしまったんです。ただ、生命だけがびくびくと生きているの
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