よ」
言い終わると急に調子をゆるめて微笑していたが、
「僕、失礼ですけれど、すっかり見ましたよ」
と言った。
「ええ?」
瞬間|解《げ》せぬという風に尾田が反問すると、
「さっきね。林の中でね」
相変わらず微笑して言うのであるが、尾田は、こいつ油断のならぬやつだと思った。
「じゃあすっかり?」
「ええ、すっかり拝見しました。やっぱり死にきれないらしいですね。ははは」
「………」
「十時が過ぎてもあなたの姿が見えないのでひょっとすると――と思いましたので出かけてみたのです。初めてこの病室へはいった人はたいていそういう気持になりますからね。もう幾人もそういう人にぶつかって来ましたが、まず大部分の人が失敗しますね。そのうちインテリ青年、と言いますか、そういう人は定まってやり損いますね。どういう訳かその説明は何とでもつきましょうが――。すると、林の中にあなたの姿が見えるのでしょう。もちろん大変暗くて良く見えませんでしたが。やっばりそうかと思って見ていますと、垣を越え出しましたね。さては院外《そと》でやりたいのだなと思ったのですが、やはり止《と》める気がしませんのでじっと見て
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