たが、すぐ帰って来て、
 「はははは。目玉を入れるのを忘れていました。驚いたですか。さっき洗ったものですから――」
 そう言って尾田に掌手《てのひら》に載せた義眼を示した。
 「面倒ですよ。目玉の洗濯までせねばならんのでね」
 そして佐柄木はまた笑うのであったが、尾田は溜まった唾液《つば》を呑み込むばかりだった。義眼は二枚貝の片方と同じ恰好《かっこう》で、丸まった表面に眼の模様がはいっていた。
 「この目玉はこれで三代目なんですよ。初代のやつも二代目も、大きな嚏《くさめ》をした時飛び出しましてね、運悪く石の上だったものですから割れちゃいました」
 そんなことを言いながらそれを眼窩《がんか》へあててもぐもぐとしていたが、
 「どうです、生きてるようでしょう」
と言った時には、もうちゃんと元の位置に納まっていた。尾田は物凄い手品でも見ているような塩梅《あんばい》であっけに取られつつ、もう一度唾液を呑み込んで返事もできなかった。
 「尾田さん」
 ちょっとの間黙っていたが、今度は何か鋭いものを含めた調子で呼びかけ、
 「こうなっても、まだ生きているのですからね、自分ながら、不思議な気がします
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