一つ大きな鼓動が打って、ふらふらッと眩暈《めまい》がした。危うく転びそうになる体を、やっと支えたが、咽喉が枯れてしまったように声が出なかった。
「どうしたんですか」
笑っているらしい声で佐柄木は言いながら近寄って来ると、
「どうかしたのですか」
と訊いた。その声で尾田はようやく平常な気持を取り戻し、
「いえちょっとめまい[#「めまい」に傍点]がしまして」
しかし自分でもびっくりするほど、ひっつるように乾いた声だった。
「そうですか」
佐柄木は言葉を切り、何か考える様子だったが、
「とにかく、もう遅いですから、病室へ帰りましょう」
と言って歩きだした。佐柄木のしっかりした足どりに尾田も、何となく安心して従った。
駱駝《らくだ》の背中のように凹凸のひどい寝台で、その上に布団を敷いて患者たちは眠るのだった。尾田が与えられた寝台の端に腰をかけると、佐柄木も黙って尾田の横に腰を下ろした。病人たちはみな寝静まって、ときどき廊下を便所へ歩む人の足音が大きかった。ずらりと並んだ寝台に眠っている病人たちの状《さま》ざまな姿体を、尾田は眺める気力がなく、下を向いたまま、一時も早く布団の
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