いるのが見えた。彼はぼんやり佇立したまま森《しん》としたその明るさを眺めていたが、その明るさが妙に白々しく見え出して、だんだん背すじ[#「すじ」に傍点]に水を注がれるような凄味を覚え始めた。これはどうしたことだろうと思って大きく眼を瞠《みは》って見たが、ぞくぞくと鬼気は迫って来るいっぽうだった。体が小刻みに顫え出して、全身が凍りついてしまうような寒気がしてき出した。じっとしていられなくなって急いでまた踵を返したが、はたと当惑してしまった。全体俺はどこへ行くつもりなんだ。どこへ行ったら良いんだ、林や果樹園や菜園が俺の行き場でないことだけは明瞭に判っている、そして必然どこかへ行かねばならぬ、それもまた明瞭に判っているのだ。それだのに、
 「俺は、どこへ、行きたいんだ」
 ただ、漠然とした焦慮に心が煎るるばかりであった。――行き場がないどこへも行き場がない。曠野に迷った旅人のように、孤独と不安が犇々《ひしひし》と全身をつつんで来た。熱いものの塊《かたまり》がこみ上げて来て、ひくひくと胸が嗚咽し出したが、不思議に一滴の涙も出ないのだった。
 「尾田さん」
 不意に呼ぶ佐柄木の声に尾田はどきんと
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