にゅっと出て来た。尾田はあっと小さく叫んで一歩後ずさり、顔からさっと血の引くのを覚えた。奇怪な貌だった。泥のように色艶が全くなく、ちょっとつつけば膿汁が飛び出すかと思われるほどぶくぶくと脹《ふく》らんで、その上に眉毛が一本も生えていないため怪しくも間の抜けたのっぺら棒であった。駈け出したためか昂奮した息をふうふう吐きながら、黄色く爛《ただ》れた眼でじろじろと尾田を見るのであった。尾田はますます肩を窄《すぼ》めたが、初めてまざまざと見る同病者だったので、恐る恐るではあるが好奇心を動かせながら、幾度も横目で眺めた。どす黒く腐敗した瓜に鬘《かつら》を被せるとこんな首になろうか、顎にも眉にも毛らしいものは見当たらないのに、頭髪だけは黒々と厚味をもったのが、毎日油をつけるのか、櫛《くし》目も正しく左右に分けられていた。顔面とあまり不調和なので、これはひょっとすると狂人かもしれぬと尾田が、無気味なものを覚えつつ注意していると、
 「何を騒いでいたの」
と看護婦が訊《き》いた。
 「ふふふふふ」
と彼はただ気色の悪い笑い方をしていたが、不意にじろりと尾田を見ると、いきなりぴしゃりと硝子戸を閉めて駈け
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