がら、
「良いお湯ですわ」
はいれと言うのであろう、そう言ってちらと尾田の方を見た。尾田はあたりを見廻したが、脱衣籠もなく、ただ、片隅に薄汚ない蓙《ござ》が一枚敷かれてあるきりで、
「この上に脱げと言うのですか」
と思わず口まで出かかるのをようやく押えたが、激しく胸が波立って来た。もはやどん底に一歩を踏み込んでいる自分の姿を、尾田は明瞭に心に描いたのであった。この汚れた蓙の上で、全身|虱《しらみ》だらけの乞食《こじき》や、浮浪患者が幾人も着物を脱いだのであろうと考え出すと、この看護婦たちの眼にも、もう自分はそれらの行路病者と同一の姿で映っているに違いないと思われて来て、怒りと悲しみが一度に頭に上るのを感じた。逡巡《しゅんじゅん》したが、しかしもうどうしようもない、半ば自棄《やけ》気味で覚悟を定めると、彼は裸になり、湯ぶねの蓋を取った。
「何か薬品でもはいっているのですか」
片手を湯の中に入れながら、さっきの消毒という言葉がひどく気がかりだったので訊いてみた。
「いいえ、ただのお湯ですわ」
良く響く、明るい声であったが、彼女らの眼は、さすがに気の毒そうに尾田を見ていた。尾田
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