ったものでございます」
 長「へい、あれは、ヘイ私《わっち》が拵《こせ》えたので、仕事の隙《すき》に剰木《あまりっき》で拵えたのですから思うように出来ていません」
 幸「へえーそれでは貴方は指物をなさるので」
 和「はて、これが指物師で名高い不器用イヽヤナニ長二さんという人さ」
 幸「フム、それでは予《かね》て風聞に聞いた名人の木具屋《きぐや》さん……へえー貴方が其の親方でございますか、慥《たし》か本所の〆切とかにお住いですな」
 長「左様です」
 幸「それでは柳島の私《わし》の別荘からは近い…就てはお目にかゝったのを幸い、差向《さしむ》き客火鉢を二十に煙草盆を五六対拵えてもらいたいのですが、尤《もっと》も桐でも桑でもかまいません、何時頃までに出来ますね」
 長「早くは出来ません、良く拵《こせ》えるのには木の十年も乾《から》した筋の良《い》いのを捜さなけれアいけませんから」
 幸「どうか願います、お近いから近日柳島の宅へ一度来てください、漸々《よう/\》此間《こないだ》普請《ふしん》が出来上ったばかりだから、種々誂えたいものがあります」
 長「へい、私《わっち》はどうも独身《ひとりもの》で忙《せわ》しないから、屹度|上《あが》るというお約束は出来ません」
 幸「そういう事なら近日|私《わし》がお宅へ出ましょう」
 長「どうか左様《そう》願います」
 と長二は斯様な人と応対をするのが嫌いでございますから、話の途切れたのを機《しお》に暇乞《いとまごい》をして帰りました。

        十二

 後《あと》で幸兵衛は和尚に、
 幸「伎倆《うで》の良《い》い職人というものは、お世辞も軽薄もないものだと聞いていましたが、成程彼の長二も其の質《たち》で、なか/\面白い人物のようです」
 和「職人じゃによって礼儀には疎《うと》いが、心がけの善《え》い人で、第一|陰徳《いんとく》を施す事が好きで、此の頃は又仏のことに骨を折っているじゃて、余程妙な奇特《きどく》な人じゃによって、どうか贔屓にしてやってください」
 幸「左様《さよう》ですか、職人には珍らしい変り者でございますが、それには何か訳のある事でしょう」
 和「はい、お察しの通り訳のあることで、全体あの男は棄児でな、今に其の時の疵が背中に穴になって残って居《お》るげな」
 幸「へえー、それは何うした疵で、どういう訳でございますか」
 と幸兵衞が推《お》して尋ねますから、和尚は長二の身の上を委しく話したならば、不憫が増して一層贔屓にしてくれるであろうとの親切から、先刻長二に聞きました一伍一什《いちぶしじゅう》のことを話しますと、幸兵衛は大きに驚いた様子で、左様に不仕合な男なれば一層目をかけてやろうと申して立帰りました後《のち》は、度々《たび/\》長二の宅を尋ねて種々の品を注文いたし、多分の手間料を払いますので、長二は他の仕事を断って、兼松を相手に龜甲屋の仕事ばかりをしても手廻らぬほど忙《せわ》しい事でございました。其の年の四月から五月まで深川に成田の不動尊のお開帳があって、大層賑いました。其のお開帳へ参詣した帰りがけで、四月の廿八日の夕方龜甲屋幸兵衞は女房のお柳《りゅう》を連れ、供の男に折詰の料理を提《さ》げさせて、長二の宅へ立寄りました。
 幸「親方|宅《うち》かえ」
 兼「こりゃアいらっしゃい……兄い……鳥越の旦那が」
 長「そうか、イヤこれは、まアお上《あが》んなさい、相変らず散かっています」
 幸「今日はお開帳へまいって、人込で逆上《のぼ》せたから平清《ひらせい》で支度をして、帰りがけだが、今夜は柳島へ泊るつもりで、近所を通る序《ついで》に、妻《これ》が親方に近付になりたいと云うから、お邪魔に寄ったのだ」
 長「そりゃア好《よ》く……まア此方《こっち》へお上んなさい」
 と六畳ばかりの奥の室《ま》の長火鉢の側へ寝蓆《ねござ》を敷いて夫婦を坐らせ、番茶を注《つ》いで出す長二の顔をお柳が見ておりましたが、何ういたしたのか俄に顔が蒼くなって、眼が逆《さか》づり、肩で息をする変な様子でありますから、長二も挨拶をせずに見ておりますと、まるで気違のように台所の方から座敷の隅々をきょろ/\見廻して、幸兵衛が何を云っても、只はいとかいゝえとか小声に答えるばかりで、其の内に又何か思い出しでもしたのか、襟の中へ顔を入れて深く物を案じるような塩梅で、紙入を出して薬を服《の》みますから、兼松が茶碗に水を注いで出すと、一口飲んで、
 柳「はい、もう宜しゅうございます」
 長「何《ど》っか御気分でも悪いのですか」
 幸「なに、人込へ出ると毎《いつ》でも血の道が発《おこ》って困るのさ」
 兼「矢張《やっぱり》逆上《のぼ》せるので、もっと水を上げましょうか」
 幸「もう治りました、早く帰って休んだ方が宜しい……これは親方|生憎《あいにく》な事で、とんだ御厄介になりました、又其の内に出ましょう」
 とそこ/\に帰ってまいります。

        十三

 お柳の装《なり》は南部の藍の子持縞《こもちじま》の袷に黒の唐繻子《とうじゅす》の帯に、極微塵《ごくみじん》の小紋縮緬《こもんちりめん》の三紋《みつもん》の羽織を着て、水の滴《たれ》るような鼈甲《べっこう》の櫛《くし》笄《こうがい》をさして居ります。年は四十の上を余程越して、末枯《すが》れては見えますが、色ある花は匂《におい》失せずで、何処やらに水気があって、若い時は何様《どん》な美人であったかと思う程でございますが、来ると突然《いきなり》病気で一言《ひとこと》も物を云わずに帰って行く後影《うしろかげ》を兼松が見送りまして、
 兼「兄い……ちっと婆さんだが好《い》い女だなア」
 長「そうだ、装《なり》も立派だのう」
 兼「だが、旨味の無《ね》え顔だ、笑いもしねいでの」
 長「塩梅《あんべえ》がわるかったのだから仕方がねえ」
 兼「左様《そう》だろうけれども、一体が桐の糸柾《いとまさ》という顔立だ、綺麗ばかりで面白味が無《ね》え、旦那の方は立派で気が利いてるから、桑の白質《しらた》まじりというのだ」
 長「巧《うま》く見立てたなア」
 兼「兄いも己が見立てた」
 長「何《なん》と」
 兼「兄いは杉の粗理《あらまさ》だなア」
 長「何故」
 兼「何故って厭味なしでさっぱりしていて、長く付合うほど好《よ》くなるからさ」
 長「そんなら兼、手前《てめえ》は檜の生節《いきぶし》かな」
 兼「有難《ありがて》え、幅があって匂いが好《い》いというのか」
 長「いゝや、時々ポンと抜けることがあるというのよ」
 兼「人を馬鹿にするなア、毎《いつ》でもしめえにア其様《そん》な事だ、おやア折《おり》を置いて行ったぜ、平清のお土産とは気が利いてる、一杯《いっぺい》飲めるぜ」
 長「馬鹿アいうなよ、忘れて行ったのなら届けなけりゃアわりいよ」
 兼「なに忘れてッたのじゃア無《ね》え、コウ見ねえ、魚肉《なまぐさ》の入《へえ》ってる折にわざ/\熨斗《のし》が挿《はさ》んであるから、進上というのに違いねえ、独身もので不自由というところを察して持って来たんだ、行届いた旦那だ………何が入《へえ》ってるか」
 長「コウよしねえ、取りに来ると困るからよ」
 兼「心配《しんぺい》しなさんな、そんな吝《けち》な旦那じゃア無《ね》え、もしか取りに来たら己が喰っちまったというから兄いも喰いねえ、一合買って来るから」
 と、兼松は是より酒を買って来て、折詰の料理を下物《さかな》に満腹して寝てしまいました。其の翌朝《よくあさ》長二は何か相談事があって大徳院前の清兵衛親方のところへ参りました後《あと》で兼松が台所を片付けながら、空の折を見て、長二の云う通り忘れて行ったので、柳島から取りに来はしまいかと少し気になるところへ、毎度使いに来る龜甲屋の手代が表口から、
 手代「はい御免なさい、柳島からまいりました」
 と聞いて兼松はぎょっとしました。

        十四

 兼松は遁《に》げる訳にも参りませんから、まご/\しながら、
 兼「えい何か御用で」
 手「はい、御新造《ごしんぞ》様が此のお手紙をお見せ申して、昨日《きのう》忘れた物を取って来てくれろと仰しゃいました」
 兼「へえー忘れた物を、へえー」
 手「それに此の品を上げて来いと仰しゃいました」
 と手紙と包物《つゝみもの》を出しましたが、兼松は蒼くなって、遠くの方から、
 兼「何《なん》だか分りやせんが、生憎|兄《あにき》えゝ長二が留守ですから、手紙も皆《みん》な置いてっておくんなせえ」
 手「いゝえ、是非手紙をお目にかけろと申付けられましたから、お前さん開けて見ておくんなさい」
 兼「だって私《わっち》にはむずかしい手紙は読めねえからね」
 手「御新造様のは毎《いつ》でも仮名ばかりですが」
 兼「そうかね」
 と怖々手紙を開《ひら》いて、
 兼「えゝと何《なん》だナ……鳥渡申上々《とりなべちゅうじょう/″\》……はてな鳥なべになりそうな種はなかったが、えゝと……昨日《さくひ》はよき折……さア困った、もしお使い、実はね鉋屑《かんなくず》の中にあったからお土産だと思ってね、お手紙の通り好《い》い折でしたが、つい喰ったので」
 手「へえー左様《さよう》でございますか、私《わたくし》は火鉢の側のように承わりましたが」
 兼「何処でも同じ事だが、それから何だ、えゝ……よき折から……空になった事を知ってるのか知らん、御《おん》めもし致《いたし》…何という字だろう…御うれしく……はてな、御めしがうれしいとは何ういう訳だろう、それから…そんじ上《じょう》…※[#「まいらせそろ」の草書体文字、42−3]…サア此の瘻《せむし》のような字は何とか云ったッけねえお前《めえ》さん、此の字は何と云いましたッけ」
 手「へい、どれでございます、へい、それはまいらせそろという字で」
 兼「そう/\、まいらせそろだ、それにしても何が損じたのか訳が分らねえが、えゝと……その折は、また折の事だ喰わなければよかった……持《もち》びょうおこり……おごりには違《ちげ》えねいが、持《もち》びょうとは何の事だか…あつく御《おん》せわに…相成り…御きもじさまにそんじ※[#「まいらせそろ」の草書体文字、42−8]……又損じて瘻のような字がいるぜ、相摸《さがみ》の相《さが》という字に楠正成《くすのきまさしげ》の成《しげ》という字だが、相成《さがしげ》じゃア分らねえし、又きもじさまとア誰の名だか、それから、えゝと……あしからかす/\御《おん》かんにん被下度候……何だか読めねえ」
 手「お早く願います」
 兼「左様《そう》急《せ》いちゃア尚分らなくならア、此のからす/\かんざえもんとア此間《こねえだ》御新造が来た夕方の事でしょう」
 手「そんな事が書いてございますか」
 兼「あるから御覧なせえ、それ」
 手「こりゃアあしからず/\御《ご》かんにんくだされたくそろでございます」
 兼「フム、お前《めえ》さんの方がなか/\旨《うめ》い物《もん》だ、其の先にむずかしい字が沢山《たんと》書いてあるが、お前さん読んでごらんなせい」
 手「こゝでございますか」
 兼「何でも其の見当だッた」
 手「こゝは……其の節置わすれ候《そろ》懐中物此のものへ御《おん》渡し被下度候《くだされたくそろ》、此の品粗まつなれどさし上候《あげそろ》先《まず》は用事のみあら/\※[#「かしく」の草書体文字、43−2]」
 兼「旨《うめ》い其の通りだ、その結尾《しまい》にある釣鉤《つりばり》のような字は何とか云ったね」
 手「かしくと読むのでございます」
 兼「ウムそうだ、分った事ア分ったが、兄いがいねえから、帰って其の訳を御新造に云っておくんなせい」
 と申しますので、手代も困って帰りました。其の後《あと》へ長二が戻って来ましたから、兼松が心配しながら手紙を見せると、
 長「昨日《きのう》御新造が薬を出したまんま紙入を忘れて行ったのを、今朝|見《め》っけたから取りに来ないうちにと思って、親方の所へ行った帰《けえ》りがけに柳島へ廻っ
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