魚へん+君」、21−8]《めばる》に※[#「「陸」の「こざとへん」に代えて「魚」」、第3水準1−94−44]《むつ》、それでなけりゃア方頭魚《あまでい》と毎日の御馳走が極っているのに、料理|方《かた》がいろ/\して喰わせるのが上手だぜ」
 長「そういうと豪気《ごうぎ》に宅《うち》で奢ってるようだが、水洟《みずッぱな》をまぜてこせえた婆さんの惣菜《そうざい》よりア旨かろう」
 兼「そりゃア知れた事だが、湯治とか何とか云やア贅沢が出るもんだ」
 長「贅沢と云やア雉子《きじ》の打《うち》たてだの、山鳩や鵯《ひよどり》は江戸じゃア喰えねえ、此間《こねえだ》のア旨かったろう」
 兼「ムヽあれか、ありゃア旨かった、それに彼《あ》の時喰った大根《でいこ》さ、此方《こっち》の大根は甘味があって旨《うめ》え、それに沢庵もおつだ、細くって小せえが、甘味のあるのは別だ、自然薯《じねんじょ》も本場だ、こんな話をすると何《なん》か喰いたくなって堪らねえ」
 長「よく喰いたがる男だ、折角疵が癒りかけたのに油濃《あぶらッこ》い物を喰っちゃア悪いよ」
 兼「毒になるものア喰やアしねいが、退屈だから喰う事より外ア楽《たのし》みがねえ……蕎麦粉の良《い》いのがあるから打ってもらおうか」
 長「己《おら》ア喰いたくねえが、少し相伴《つきあ》おうよ」
 兼「そりゃア有難い」
 と兼松が女中を呼んで蕎麦の注文を致します。馴れたもので程なく打あげて、見なれない婆さんが二階へ持ってまいりました。

        七

 兼「こりゃア早い、いや大きに御苦労……兄い一杯《いっぺい》やるか」
 長「己《おら》ア飲まないが、手前《てめえ》一本やんない」
 兼「そんなら婆さん、酒を一合つけて来てくんねえ」
 婆「はい、下物《さかな》はどうだね」
 兼「何があるえ」
 婆「鯛《たえ》と鶏卵《たまご》の汁《つゆ》があるがね」
 兼「それじゃア鯛《たい》の塩焼に鶏卵の汁を二人前《ふたりまえ》くんねえ」
 婆「はい、直《すぐ》に持って来やす」
 と婆さんは下へ降りてまいりました。
 長「兼公《かねこう》見なれねえ婆さんだなア」
 兼「宅《うち》の婆さんよりア穢《きた》ねえようだ、あの婆さんの打った蕎麦だと醤汁《したじ》はいらねいぜ」
 長「なぜ」
 兼「だって水洟《みずッぱな》で塩気がたっぷりだから」
 長「穢ねいことをいうぜ」
 と蕎麦を少し摘《つま》んで喰ってみて、
 兼「そんなに馬鹿にしたものじゃアねえ、中々|旨《うめ》え……兄い喰ってみねえ……おゝ婆さん、お燗《かん》が出来たか」
 婆「大きに手間取りやした、お酌をしますかえ」
 兼「一杯《いっぺい》頼もうか……婆さんなか/\お酌が上手だね」
 婆「上手にもなるだア、若《わけ》い時から此家《こっち》でお客の相手えしたからよ」
 兼「だってお前今日初めて見かけたのだぜ」
 婆「左様《そう》だがね、私《わし》イ三十の時から此家《こっち》へ奉公して、六年|前《ぜん》に近所へ世帯《しょたい》を持ったのだが、忙《せわ》しねえ時ア斯うして毎度《めいど》手伝に来るのさ、一昨日《おとつい》おせゆッ娘《こ》が塩梅《あんべい》がわりいって城堀《しろほり》へ帰《けえ》ったから、当分|手伝《てつで》えに来たのさ」
 兼「ムヽ左様《そう》かえ、そうして婆さんお前《めえ》年は幾歳《いくつ》だえ」
 婆「もうはア五十八になりやす」
 兼「兄い、田舎の人は達者だねえ」
 長「どうしても体に骨を折って欲がねえから、苦労が寡《すくね》いせいだ」
 婆「お前《めえ》さん方は江戸かえ」
 長「そうだ」
 婆「江戸から来ちゃア不自由な処だってねえ」
 長「不自由だが湯の利くのには驚いたよ」
 婆「左様《そう》かねえ、お前《めえ》さん方の病気は何《なん》だね」
 兼「己《おれ》のア是だ、この拇指《おやゆび》を鑿《のみ》で打切《ぶッき》ったのだ」
 婆「へえー怖《おっか》ねいこんだ、石鑿は重いてえからねえ」
 兼「己《おら》ア石屋じゃアねえ」
 婆「そんなら何《なん》だね」
 兼「指物師よ」
 婆「指物とア…ムヽ箱を拵《こせ》えるのだね、…不器用なこんだ、箱を拵える位《ぐれ》えで足い鑿い打貫《ぶっとお》すとア」
 長「兼公一本まいったなア、ハヽヽ」
 婆「笑うけんど、お前《めえ》さんのも矢張《やっぱり》其の仲間かね」
 長「己のは左様じゃアねえ、子供の時分の旧疵《ふるきず》だ」
 婆「どうしたのだね」
 長「どうしたのか己も知らねえ」
 婆「そりゃア変なこんだ、自分の疵を当人が知らねいとは……矢張足かね」
 長「いゝや、右の肩の下のところだ」
 婆「背中かね……お前《めい》さん何歳《いくつ》の時だね」
 長「それも知らねいのだが、この拇指の入《へえ》るくれえの穴がポカンと開《あ》いていて、暑さ寒さに痛んで困るのよ」
 婆「へいー左様《そう》かねえ、孩児《ねゝっこ》の時そんな疵うでかしちゃアおっ死《ち》んでしまうだねえ、どうして癒ったかねえ」
 長「どうして癒ったどころか、自分に見えねえから此様《こん》な疵のあるのも知らなかったのさ、九歳《こゝのつ》の夏のことだっけ、河へ泳ぎに行くと、友達が手前《てめえ》の背中にア穴が開いてると云って馬鹿にしやがったので、初めて疵のあるのを知ったのよ、それから宅《うち》へ帰《けえ》ってお母《ふくろ》に、何うして此様な穴があるのだ、友達が馬鹿にしていけねえから何うかしてくれろと無理をいうと、お母が涙ぐんでノ、その疵の事を云われると胸が痛くなるから云ってくれるな、他《ひと》に其の疵を見せめえと思って裸体《はだか》で外へ出したことのねえに、何故泳ぎに行ったのだと云って泣くから、己もそれっきりにしておいたから、到頭分らずじまいになってしまったのよ」
 という話を聞きながら、婆さんは長二の顔をしげ/\と見詰めておりました。

        八

 婆「はてね……お前《めえ》さんの母様《かゝさま》というは江戸者かねえ」
 長「何故だえ」
 婆「些《ち》と思い出した事があるからねえ」
 長「フム、己の親は江戸者じゃアねえが、何処《どこ》の田舎だか己《おら》ア知らねえ、何でも己《おれ》が五歳《いつゝ》の時田舎から出て、神田の三河町へ荒物|店《みせ》を出すと間もなく、寛政九年の二月だと聞いているが、其の時の火事に全焼《まるやけ》になって、其の暮に父《とっ》さんが死んだから、お母《ふくろ》が貧乏の中で丹誠して、己が十歳《とお》になるまで育ってくれたから、職を覚えてお母に安心させようと思って、清兵衞親方という指物師の弟子になったのだ」
 婆「左様《そう》かねえ、それじゃア若《も》しかお前《めえ》さんの母様はおさなさんと云わねいかねえ」
 長「あゝ左様だ、おさなと云ったよ」
 婆「父様《とっさま》はえ」
 長「父《とっ》さんは長左衛門《ちょうざえもん》さ」
 婆「アレエ魂消《たまげ》たねえ、お前《めえ》さん……長左衛門殿の拾児《ひろいッこ》の二助どんけえ」
 長「何だと己が拾児だと、何ういうわけでお前《めえ》そんな事を」
 婆「知らなくってねえ、此の土地の棄児《すてご》だものを」
 長「そんなら己は此の湯河原へ棄てられた者だというのかえ」
 婆「そうさ、此の先の山を些《ちっ》と登ると、小滝の落ちてる処があるだ、其処《そこ》の蘆《あし》ッ株の中へ棄てられていたのだ、背中の疵が証拠だアシ」
 兼「これは妙だ、何処《どこ》に知ってる者があるか分らねえものだなア」
 長「こりゃア思いがけねえ事だ……そんなら婆さんお前《めえ》己の親父やお母を知ってるかね」
 婆「知ってるどころじゃアねい」
 長「そうして己の棄てられたわけも」
 婆「ハア根こそげ知ってるだア」
 長「左様《そう》かえ……そんなら少し待ってくんな」
 と長二は此の先婆さんが如何様《いかよう》のことを云出すやも分らず、次第によっては実《まこと》の両親の身の上、又は自分の恥になることを襖越しの相客などに聞かれては不都合と思いましたから、廊下へ出て様子を窺《うかゞ》いますと、隣座敷の客達は皆《みん》な遊びに出て留守ですから、安心をして自分の座敷に立戻り、何程かの金子を紙に包んで、
 長「婆さん、こりゃア少ねえがお前《めえ》に上げるから煙草でも買いなさい」
 婆「これはマアでかくお貰い申してお気の毒なこんだ」
 長「其の代り今の話を委《くわ》しく聞かしてください、他《ひと》に聞えると困るから、小さな声でお願いだよ」
 婆「何を困るか知んねいが、湯河原じゃア知らねい者は無《ね》いだけんどね、私《わし》イ一番よく知ってるというのア、その孩児《ねゝっこ》……今じゃア此様《こん》なに大《でか》くなってるが、生れたばかりのお前《めえ》さんを苛《むご》くしたのを、私イ眼の前に見たのだから」
 長「そんならお前《めえ》、己の実《ほんと》の親達も知ってるのか、何処の何《なん》という人だえ」
 婆「何処の人か知んねえが、私《わし》が此家《こっち》へ奉公に来た翌年《あくるとし》の事《こん》だから、私がハア三十一の時だ、左様すると……二十七八年|前《めえ》のこんだ、何でも二月の初《はじめ》だった、孩児を連れた夫婦の客人が来て、離家《はなれ》に泊って、三日ばかりいたのサ、私イ孩児の世話アして草臥《くたび》れたから、次の間に打倒《うちたお》れて寝てしまって、夜半《よなか》に眼イ覚《さま》すと、夫婦喧嘩がはだかって居るのサ、女の方で云うには、好《い》い塩梅《あんべい》に云いくるめて、旦那に押《おっ》かぶして置いたが、此の児《こ》はお前《めい》さんの胤《たね》に違《ちげ》い無《ね》いというと、男の方では月イ勘定すると一月《ひとつき》違うから己の児じゃア無《ね》い、顔まで好《よ》く彼奴《あいつ》に似ていると云うと、女は腹ア立って、一月ぐれえは勘定を間違《まちげ》える事もあるもんだ、お前《めえ》のように実《じつ》の無《ね》いことを云われちゃア苦労をした効《けい》がねい、私《わし》イもう彼《あ》の家《うち》に居ねい了簡だから、此の児はお前《めえ》の勝手にしたが宜《え》えと孩児を男の方へ打投《ぶんな》げたと見えて、孩児が啼《な》くだアね、其の声で何を云ってるか聞えなかったが、何でも男の方も腹ア立って、また孩児を女の方へ投返すと、女がまた打投げたと見えてドッシン/\と音がアして、果《はて》にア孩児の声も出なくなって、死ぬだんべいと思ったが、外の事《こッ》てねえから魂消ているうち、ぐず/\口小言を云いながら夫婦とも眠《ね》てしまった様子だったが、翌日《あくるひ》の騒ぎが大変さ」
 長「フム、どういう騒ぎだッたね」
 婆「これからお前《めえ》さんの背中の穴の話になるんだが、此の前《めえ》江戸から来た何《なん》とか云った落語家《はなしか》のように、こけえらで一節《ひときり》休むんだ、喉《のど》が乾いてなんねいから」
 兼「婆さん、なか/\旨《うめ》えもんだ、サアこゝへ茶を注《つ》いで置いたぜ」
 婆「ハアこれは御馳走さま……一息ついて直《すぐ》に後《あと》を話しますべい」

        九

 兼「婆さん、それから何うしたんだ、早く話してくんなせえ」
 婆「ハア、それからだ、其の翌日《あくるひ》の七時《なゝつさがり》であったがね、吉浜にいる知合《しりえい》を尋ねて復《また》帰《けえ》って来るから、荷物は預けて置くが、初めて来たのだからと云って、勘定をして二人が出て行ったサ、其の日長左衛門|殿《どん》が山へ箱根竹《はこねだけ》イ芟《き》りに行って、日暮《ひくれ》に下りて来ると、山の下で孩児の啼声《なきごえ》がするから、魂消て行って見ると、沢の岸の、茅《かや》だの竹の生《へ》えている中に孩児が火の付いたように啼いてるから、何うしたんかと抱上げて見ると、どうだんべい、可愛そうに竹の切株《きッかぶ》が孩児の肩のところへ突刺《つッさゝ》っていたんだ、これじゃア大人でも泣かずにゃア居られねい、打捨《うちゃっ》て置こうもんならおッ死《ち》んでしまうから、長
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