えづち》で棚を毀したから己が此の野郎の頭を打毀《ぶちこわ》してやるんだ」
 と才槌を振り上げました。此の騒ぎを最前から黙って視て居りました清兵衞が、
 清「恒マア待て、よしねえ、打棄《うっちゃ》っておけ」
 と留めましたが、恒太郎はなか/\肯《き》きません。
 恒「それだッて此様《こんな》に毀してしまっちゃア、明日《あした》鹿島《かじま》さんへ納める事が出来ねえ」
 清「まア己が言訳をするから宜《い》いというに」
 と叱りつけましたので、恒太郎、余儀なく手を放したから、お政も安心して長二を引起しながら、
 政「何処も痛みはしないか、堪忍おしよ」
 長「へい、有がとうがす」
 と会釈をして坐り直す長二の顔を、清兵衛がジッと視まして、
 清「これ長二|手前《てめえ》能く吾《おれ》の拵《こせ》えた棚を毀したな、手前は大層上手になった、己の仕事に嘘があるとは感心だ、何処に嘘があるか手前の気の付いた所を一々其処で云って見ろ」
 長「へい、云えというなら云いますが、此の広い江戸で清兵衞と云やア知らねえ者のねえ指物師の名人だが、それア二十年も前《めえ》のことだ、もう六十を越して眼も利かなくなり、根気も脱《ぬ》けて、此の頃ア板削《いたけずり》まで職人にさせるから、艶《つや》が無くなって何処となしに仕事が粗《あら》びて、見られた状《ざま》アねえ、私《わっち》が弟子に来た時分は釘一本|他手《ひとで》にかけず、自分で夜延《よなべ》に削って、精神《たましい》を入れて打ちなさったから百年経っても合口《えいくち》の放れッこは無かったが、今じゃア此のからッぺたの恒|兄《あにい》に削らせた釘を打ちなさるから、此ん通りで状《ざま》ア無《ね》い、アハヽヽ」
 と打毀した棚に指をさして嘲笑《あざわら》いますから、兼松は気を揉んで、長二の袖をそっと引きまして、
 兼「おい兄い何うしたんだ、大概《ていげえ》にしねえ」
 と涙声で申しますが、一向に頓着《とんじゃく》いたしません。
 長「才槌《せえづち》で二つや三つ擲って毀れるような物が道具になるか、大概《ていげえ》知れた事《こっ》た、耄碌しちゃア駄目だ」
 と法外な雑言《ぞうごん》を申しますから、恒太郎が堪《こら》えかねて拳骨を固めて立かゝろうと致しますを、清兵衛が睨《にら》みつけましたから、歯軋《はぎしり》をして扣《ひか》えて居ります。
 長「その証拠にゃア十年|前《めえ》私《わっち》に何と云いなすった、親方忘れやしないだろう、箱というものは木を寄せて拵《こせ》えるものだから、暴《あら》くすりア毀れるのが当然《あたりめえ》だ、それが幾ら使っても百年も二百年も毀れずに元のまんまで居るというのア仕事に精神《たましい》を入れてするからの事だ、精神を入れるというのは外じゃアねえ、釘の削り塩梅から板の拵え工合《ぐえい》と釘の打ち様にあるんだ、それだから釘一本|他《ひと》に削らせちゃア自分の精神が入らねえところが出来て、道具が死んでしもうのだ、死んでる道具は直に毀れッちまうと云ったじゃアありやせんか、其の通りしねえから此の棚の仕事は嘘だと云うのだ、此様《こんな》に直ぐ毀れる物を納めるのア注文先へ対《てえ》して不実というものだ、是で高い工手間《くでま》を取ろうとは盗人《ぬすっと》より太《ふて》え了簡だ」
 と止途《とめど》なく罵《のゝし》ります。

        二十四

 清兵衛も腹にすえかね、
 清「黙りやアがれ、馬鹿野郎め、生意気を吐《ぬか》しやアがると承知しねえぞ、坂倉屋の仏壇で名を取ったと思って、高言を吐《つ》きアがるが、手前《てめえ》がそれほど上手になったのア誰が仕込んだんだ、其の高言は他《ほか》へ行って吐くが宜《い》い、己の目からはまだ板挽《いたひき》の小僧だが、己を下手だと思うなら止せ、他《ひと》に対《むか》って己の弟子だというなよ」
 長「さア、それだから京都へ修業に行くのだ、親方より上手な師匠を取る気だ」
 恒「呆れた野郎だ、父《とっ》さん何うしよう」
 兼「正気でいうのじゃアねえ」
 清「気違《きちげえ》だろう、其様《そん》な奴に構うなよ」
 兼「おい、兄い、どうしたんだ、本当に気でも違ったのか」
 長「べらぼうめ、気が違ってたまるもんか、此様《こん》な下手な親方に附いていちゃア生涯《しょうげえ》仕事の上りッこがねえから、己の方から断るんだ」
 清「長二、手前《てめえ》本当に其様なことをいうのか」
 長「嘘を吐《つ》いたッて仕方がねえ、私《わっち》が京都で修業をして名人になッたって、己の弟子だと云わねえように縁切《えんきり》の書付《かきつけ》をおくんなせえ」
 清「べらぼうめ、手前のような奴ア、再び弟子にしてくれろと云って来ても己の方からお断りだ」
 長「書付を出さねえなら、此方《こっち》で書いて行こう」

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