お前さんの居る所が知れないと云って、お父《とっ》さんや皆《みんな》が何様《どんな》に心配をしていたか知れないよ」
と茶を長二の前に置いて、
政「温《ぬる》いからおあがり、お夜食は未だゞろうね、大澤《おおさわ》さんから戴いた鰤《ぶり》が味噌漬にしてあるから、それで一膳おたべよ」
長「えゝ有がとうがすが、今喰ったばかしですから」
と湯呑の茶を戴いて、一口グッと飲みまして、
長「親方……私《わっち》は遠方へ行く積りです」
清「其様《そん》なことをいうが、何所《どけ》へ行くのだ」
長「京都へ行って利齋の弟子になる積りで、家《うち》をしまったのです」
清「それも宜《い》いが、己も先《せん》の利齋の弟子で、毎《いつ》も話す通り三年釘を削らせられた辛抱を仕通したお蔭で、是までになったのだから、今の利齋ぐれえにゃア指《さ》す積りだが……むゝあの鹿島《かしま》さんの御注文で、島桐《しまぎり》の火鉢と桑の棚を拵《こせ》えたがの、棚の工合《ぐえい》は自分でも好《よ》く出来たようだから見てくれ」
と目で恒太郎に指図を致します。恒太郎は心得て、小僧の留吉と二人で仕事場から桑の書棚を持出して、長二の前に置きました。
清「どうだ長二……この遠州透《えんしゅうすかし》は旨いだろう、引出の工合《ぐあい》なぞア誰にも負けねえ積りだ、これ見ろ、此の通りだ」
と抜いて見せるを長二はフンと鼻であしらいまして、
長「成程|拙《まず》くアねえが、そんなに自慢をいう程の事もねえ、此の遣違《やりちげ》えの留《とめ》と透《すかし》の仕事は嘘だ」
兼「何だと、コウ兄い……親方の拵《こせ》えたものを嘘だと、手前《てめえ》慢心でもしたのか」
長「馬鹿をいうな、親方の拵えた物だって拙いのもあらア、此の棚は外見《うわべ》は宜《い》いが、五六年経ってみねえ、留が放《はな》れて道具にゃアならねえから、仕事が嘘だというのだ」
恒「何だと、手前《てめえ》父さんの拵えた物ア才槌《せえづち》で一つや二つ擲《なぐ》ったって毀《こわ》れねえ事ア知ってるじゃアねえか」
長「それが毀れる様に出来てるからいけねえのだ」
恒「何うしたんだ、今夜は何うかしているぜ」
長「何うもしねえ、毎《いつ》もの通り真面目な長二だ」
恒「それが何故父さんの仕事を誹《くさ》すのだ」
長「誹す所があるから誹すのだ、論より証拠だ、才槌《せえづち》を貸しねえ、打毀《ぶっこわ》して見せるから」
恒「面白い、毀してみろ」
と恒太郎が腹立紛れに才槌《さいづち》を持って来て、長二の前へ投《ほう》り出したから、お政は心配して、
政「あれまアおよしよ、酔ってるから堪忍おしよ」
恒「酔ってるかア知らねえが、余《あんま》りだ、手前《てまえ》の腕が曲るから毀してみろ」
兼「若《わけ》え親方……腹も立とうが姉《あね》さんのいう通り、酔ってるのだから我慢しておくんなせえ、不断|此様《こん》な人じゃアねえから、私《わっち》が連れて帰って明日《あした》詫に来ます……兄い更けねえうちに帰《けえ》ろう」
と長二の手を取るを振払いまして、
長「何ヨしやがる、己《おら》ア無宿《やどなし》だ、帰《けえ》る所《とこ》アねえ」
と云いながら才※[#「てへん+二点しんにょうの「追」」、第4水準2−13−38]を取って立上り、恒太郎の顔を見て、
長「今打き毀して見せるから其方《そっち》へ退《ど》いていなせい」
と才槌を提《ひっさ》げて、蹌《よろ》めく足を蹈《ふ》みしめ、棚の側へ摺寄って行灯《あんどう》の蔭になるや否や、コツン/\と手疾《てばや》く二槌《ふたつち》ばかり当てると、忽ち釘締《くぎじめ》の留は放れて、遠州透はばら/″\になって四辺《あたり》へ飛散りました。
二十三
言葉の行掛《ゆきがゝり》から彼《あ》アはいうものゝよもやと思った長二が、遠慮もなく清兵衛の丹誠を尽した棚を打毀《ぶちこわ》しました。且《かつ》二つや三つ擲《なぐ》ったって毀れる筈のない棚がばら/\に毀れたのに、居合わす人々は驚きました。中にも恒太郎は長二が余りの無作法に赫《かっ》と怒《いか》って、突然《いきなり》長二の髻《たぶさ》を掴んで仰向に引倒し、拳骨で長二の頭を五つ六《む》つ続けさまに打擲《ぶんなぐ》りましたが、少しもこたえない様子で、長二が黙って打《ぶ》たれて居りますから、恒太郎は燥立《いらだ》ちて、側に落ちている才槌を取って打擲ろうと致しますに、お政が驚いて其の手に縋《すが》りついて、
政「あれまア危ないからおよしよ、怪我をさせては悪いからサ兼松……速く留めておくれ」
兼「まアお待ちなせえ、其様《そん》な物で擲っちア大変だ」
と止めるのを恒太郎は振払いまして。
恒「なに此の野郎、ふざけて居やがる、此の才槌《せ
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