の話じゃアねえか」
兼「道理で訝《おか》しいと思った……困るな、つんぼ………エヽナニあの遠方へ急に旅立をすると、家主の所《とけ》え云置いて、何処へも沙汰なしに居なくなっちまッたんです」
清「急に旅立をしたと、それにしても己の所《とけ》え何とか云いそうなもんだ、黙って行く所をもって見りゃア、何《なん》か済まねえ事でもしたんだろうが、彼奴《あいつ》に限っちゃア其様《そん》な事アあるめいに」
と子供の時から丹誠をして教えあげ、名人と呼ばれるまでになって、親方を大切に思う長二の事ですから、清兵衛は養子の恒太郎よりも長二を可愛がりまして、五六日も顔を出しませんと直《すぐ》に案じて、小僧に様子を見せにやるという程でございますから、駈落同様の始末と聞いて清兵衞は顔色の変るまでに心配をいたして居ります。
二十一
恒太郎も力と頼む長二の事ですから、心配しながら兼松を呼びに来て見ると、養父が心配の最中でありますから、
恒「兼、手前《てめえ》……長兄のことを父《とっ》さんに云ったな、云わねえでも宜《い》いに……父さん案じなくっても宜いよ、長二の居る処は直《すぐ》に知れるから」
清「手前《てめえ》長二の居る処を知ってるのか」
恒「大概《ていげえ》分ってるから、明日《あした》早く捜しに行こう」
清「若《わけ》えから何様《どん》な無分別を出すめいもんでもねえから、明日《あす》といわず早いが宜い、兼と一緒に今ッから捜しに行きな」
と急《せ》き立てる老《おい》の一徹、性急なのは恒太郎もかね/″\知って居りますが、長二の居所《いどこ》が直に分ると申しましたのは、只年寄に心配をさせまいと思っての間に合せでございますから、大きに当惑をいたし、兼松と顔を見合せまして、
恒「行くのアわけアねえが、今夜はのう兼」
兼「そうサ、行って帰ると遅くならア親方、明日《あした》起きぬけに行きましょう」
清「其様《そん》なことを云って、今夜の内に間違《まちげ》えでもあったら何うする」
兼「大丈夫《でえじょうぶ》だよ」
清「手前は受合っても、本人が出て来て訳の解らねえうちは、己《おら》ア寝ても眠《ね》られねえから、御苦労だが早く行ってくんねえ」
と急立《せきた》てられまして、恒太郎は余儀なく親父の心を休めるために
恒「そんなら兼、行って来よう」
と立とうと致します時、勝手口の外で
「若《わけ》え親方も兼公も行くにゃア及ばねえ」
と声をかけ、無遠慮《ぶえんりょ》に腰障子を足でガラリッと押開け、どっこいと蹌《よろめ》いて入りましたのは長二でございます。結城木綿の二枚|布衣《ぬのこ》に西川縞の羽織を着て、盲縞の腹掛股引に白足袋という拵えで新しい麻裏草履を突《つッ》かけ、何所《どこ》で奢って来たか笹折《さゝおり》を提《さ》げ、微酔《ほろえい》機嫌で楊枝を使いながらズッと上って来ました様子が、平常《ふだん》と違いますから一同は恟りして、
兼「兄い、何うしたんだ、何処へ行ってたんだ、己《おら》ア心配《しんぺい》したぜ」
長「何処へ行こうと己《おれ》が勝手だ、心配《しんぺい》するやつが間抜だ、ゲエープウー」
兼「やア珍らしい、兄い酔ってるな」
長「酔おうが酔うめえが手前《てめえ》の厄介になりアしねえ、大きにお世話だ黙っていろ」
と清兵衞の前に胡座《あぐら》をかいて坐りました。
兼「何だか変だが、兄いが何うかしたぜ、コウ兄い……人にさん/″\心配《しんぺい》をさせておいて悪体《あくてい》を吐《つ》くとア酷《ひど》いじゃアねえか」
長「生意気なことを吐《ぬ》かしやアがると打《たゝ》き擲《なぐ》るぞ」
兼「何が生意気だい、兄い/\と云やア兄いぶりアがって、手前《てめえ》こそ生意気だ」
と互に云いつのりますから、恒太郎が兼松を控えさせまして、
恒「コウ長二、それじゃアおとなしくねえ、手前《てめえ》が居なくなったッて兼が心配《しんぺい》しているのに、悪体《あくてえ》を吐《つ》くのア宜《よ》くねえ、酔っているかア知らねえが、此処《こゝ》で其様《そん》なことをいっちゃア済むめえぜ」
長「えゝ左様《そう》です、私《わっち》が悪かったから御免なせえ」
恒「何も謝るには及ばねえが、聞きゃア手前《てめえ》家《うち》を仕舞ったそうだが、何処《どけ》え行く積りだ」
長「何処《どけ》へ行こうとお前《めえ》さんの知った事《こッ》ちゃアねえ」
と上目で恒太郎の顔を見る。血相《きっそう》が変っていて、気味が悪うございますから、恒太郎が後逡《あとじさり》をする後《うしろ》に、最前から様子を見て居りました恒太郎の嫁のお政《まさ》が、湯呑に茶をたっぷり注《つ》いで持ってまいりました。
二十二
政「長さん、珍しく今夜は御機嫌だねえ…
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