んふき》の二分金の二十五両包を二つ取出し、菓子盆に載せ、折熨斗《おりのし》を添えて、
 柳「これは少いが、内儀さんを貰うにはもう些《ちっ》と広い好《い》い家《うち》へ引越さなけりゃアいけないから、納《と》ってお置きなさい、内儀さんが決ったなら、又要るだけ上げますから」
 と長二の前へ差出しました。長二は疾《と》くに幸兵衞夫婦を実の親と見抜いて居りますところへ、最前からの様子といい、段々の口上は尋常《ひとゝおり》の贔屓でいうのではなく、殊に格外の大金に熨斗を付けてくれるというは、己を確かに実子と認めたからの事に相違ないに、飽までも打明けて名告らぬ了簡が恨めしいと、むか/\と腹が立ちましたから、金の包を向うへ反飛《はねと》ばして容《かたち》を改め、両手を膝へ突きお柳の顔をじっと見詰めました。

        十七

 長「何です此様《こん》な物を……あなたはお母《っか》さんでしょう」
 と云われてお柳はあっと驚き、忽ちに色蒼ざめてぶる/\顫《ふる》えながら、逡巡《あとじさり》して幸兵衛の背後《うしろ》へ身を潜めようとする。幸兵衛も血相を変え、少し声を角立てまして、
 幸「何だと長二……手前何をいうのだ、失礼も事によるア、気でも違ったか、馬鹿々々しい」
 長「いゝえ決して気は違《ちげ》えません……成程隠しているのに私《わっち》が斯う云っちア失礼かア知りませんが、棄子の廉《かど》があるから何時まで経っても云わないのでしょう、打明けたッて私が親の悪事を誰に云いましょう、隠さず名告っておくんなせえ」
 と眼を見張って居ります。幸兵衞は返答に困りまして、うろ/\するうち、お柳は表の細工場《さいくば》の方へ遁《に》げて行きますから、長二が立って行って、
 長「お母さん、まアお待ちなせえ」
 と引戻すを幸兵衛が支えて、
 幸「長二……手前何をするのだ、失礼千万な、何を証拠に其様《そん》なことをいうのだ、ハヽア分った、手前《てめえ》は己が贔屓にするに附込んで、言いがゝりをいうのだな、お邸方《やしきがた》の御用達《ごようたし》をする龜甲屋幸兵衞だ、失礼なことをいうと召連訴《めしつれうった》えをするぞ」
 柳「あれまア大きな声をおしでないよ、人が聞くと悪いから」
 幸「誰が聞いたッて構うものか、太い奴だ」
 長「何で私《わっち》が言いがゝりなんぞを致しましょう、本当の親だと明しておくんなさりゃアそれで宜《い》いんです、それを縁に金を貰おうの、お前《めえ》さんの家《うち》に厄介《やっけい》になろうのとは申しません、私は是まで通り指物屋でお出入を致しますから、只親だと一言《ひとこと》云っておくんなせえ」
 と袂に縋《すが》るを振払い、
 幸「何をするんだ、放さねえと家主《いえぬし》へ届けるが宜いか」
 と云われて長二が少し怯《ひる》むを、得たりと、お柳を表へ連れ出そうとするを、長二が引留めようと前へ進む胸の辺《あたり》を右の手で力にまかせ突倒して、
 幸「さア疾《はや》く」
 とお柳の手を引き、見返りもせず柳島の方《かた》へ急いでまいります。後影《うしろかげ》を起上りながら、長二が恨めしそうに見送って居りましたが、思わず跣足《はだし》で表へ駈出し、十間ばかり追掛《おっか》けて立止り、向うを見詰めて、何か考えながら後歩《あとじさり》して元の上《あが》り口《はな》に戻り、ドッサリ腰をかけて溜息を吐《つ》き、
 長「ハアー廿九年|前《めえ》に己を藪ん中《なけ》え棄てた無慈悲な親だが、会って見ると懐かしいから、名告ってもれえてえと思ったに、まだ邪慳を通して、人の事を気違だの騙《かた》りだのと云って明かしてくれねえのは何処までも己を棄てる了簡か、それとも己の思違いで本当の親じゃア無《ね》いのか知らん、いゝや左様《そう》で無《ね》え、本当の親で無くって彼様《あん》なことをいう筈は無《ね》い、それに五十両という金を……おゝ左様だ、彼《あ》の金は何うしたか」
 と内に這入って見ると、行灯《あんどう》の側に最前の金包がありますから、
 長「やア置いて行った…此の金を貰っちゃア済まねえ、チョッ忌々《いま/\》しい奴だ」
 と独言《ひとりごと》を云いながら金包を手拭に包《くる》んで腹掛のどんぶりに押込み、腕組をして、女と一緒だからまだ其様《そんな》に遠くは行くまい、田圃径《たんぼみち》から請地《うけち》の堤伝《どてづた》いに先へ出越せば逢えるだろう、柳島まで行くには及ばねえと点頭《うなず》きながら、尻をはしょって麻裏草履を突《つっ》かけ、幸兵衞夫婦の跡を追って押上《おしあげ》の方《かた》へ駈出しました。此方《こちら》は幸兵衞夫婦丁度霜月九日の晩で、宵から陰《くも》る雪催しに、正北風《またらい》の強い請地の堤《どて》を、男は山岡頭巾をかぶり、女はお高祖頭巾《こそずきん》に顔を
前へ 次へ
全42ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング