、兼松が一人で待ってますから」
 柳「親方御免よ、生憎また持病が発《おこ》って」
 長「お大事《でえじ》になさいまし……左様なら」
 と急いで宅へ帰りましたが、考えれば考えるほど、幸兵衛夫婦が実の親のようでありますから、それから段々二人の素性を探索いたしますと、お柳は根岸辺に住居していた物持|某《なにがし》の妻《さい》で、某が病死したについて有金《ありがね》を高利に貸付け、嬬暮《やもめぐら》しで幸兵衛を手代に使っているうち、何時か夫婦となり、四五年前に浅草鳥越へ引移って来たとも云い、又|先《せん》の亭主の存生中《ぞんしょうちゅう》から幸兵衞と密通していたので、亭主が死んだのを幸い夫婦になったのだとも云って、判然《はっきり》はしませんが、谷中の天竜院の和尚の話に、何故《なにゆえ》か幸兵衞が度々《たび/″\》来て、長二の身の上は勿論|両親《ふたおや》の素性などを根強く尋ねるというので、彼是を思い合すと、幸兵衛夫婦は全く親には違いないが、無慈悲の廉《かど》があるので、面目なくって今さら名告《なの》ることも出来ないから、贔屓というを名にして仕事を云付け、屡々《しば/″\》往来《ゆきゝ》して親しく出入《でいり》をさせようとしたが、此方《こっち》で親しまないので余計な手間料を払ったり、不要な道具を注文したりして恩を被《き》せ、余所《よそ》ながら昔の罪を償おうとの了簡であるに相違ないが、前非《ぜんぴ》を後悔したなら有体《ありてい》に打明けて、親子の名告《なのり》をすればまだしも殊勝だのに、そうはしないで、現在実子と知りながら旧悪を隠して、人を懐《なず》けようとする心底は面白くないから、今度来たなら此方から名告りかけて白状させてやろうと待もうけて居《お》るとは知らず、幸兵衛は女房お柳と何《いず》れかへ遊山にまいった帰りがけと見えて、供も連れず、十一月九日の夕方長二の宅《うち》へ立寄りました。丁度兼松は深川六間堀に居《お》る伯母の病気見舞に行き、雇婆さんは自分の用達《ようたし》に出て居りませんから、長二は幸兵衛夫婦を表に立たせて置いて、其の辺に取散してあるものを片付け、急いで行灯《あんどう》を点《とも》して夫婦を通しました。
 幸「夕方だが、丁度前を通るから尋ねたのだ、もう構いなさんな」
 長「へい、誠にお久しぶりで、なに今|皆《みん》な他へまいって一人ですから、誠にどうも」
 と番茶を注《つ》いで出しながら、
 長「いつぞやは種々御馳走を戴きまして、それから此来《こっち》体が悪《わり》いので、碌に仕事をいたしませんから、棚も木取《きど》ったばかりで未だ掛りません」
 幸「今日は其の催促じゃアないよ、彼《あ》の時ぎりでお目にかゝらないから、妻《これ》が心配して」
 とお柳の顔を見ると、お柳は長二の顔を見まして、
 柳「いつぞやは生憎持病が発《おこ》って失礼をしましたから、今日はそのお詫かた/″\」
 長「それは誠にどうも」
 と挨拶をしながら立って、戸棚の中を引掻きまわして、漸々《よう/\》菓子皿を探して、有合せの最中を五つばかり盛って出し、
 長「生憎兼松も婆さんも留守で、誠にどうも」
 柳「お一人ではさぞ御不自由でしょう」
 長「へい、別に不自由とも思いませんが、此様《こん》な時何が何処に蔵《しま》って在《あ》るか分りませんので」
 柳「左様《そう》でしょう、それに病み煩いの時などは内儀《おかみ》さんがないと困りますから、早くお貰いなすっては何うです、ねえ旦那」
 幸「左様《そう》だ、失礼な云分《いいぶん》だが、鰥夫《おとこやもめ》に何《なん》とやらで万事所帯に損があるから、好《い》いのを見付けて持ちなさい」
 長「だって私《わっち》のような貧乏人の処《とけ》えは来人《きて》がございません、来てくれるような奴は碌なのではございませんから」
 柳「なアに左様したもんじゃアない、縁というものは不思議なもんですよ、恥を云わないと分りませんが、私は若い時伯母に勧められて或所へ嫁に行って、さん/″\苦労をしたが、縁のないのが私の幸福《しあわせ》で、今は斯ういう安楽な身の上になって、何一つ不足はないが子供の無いのが玉に瑕《きず》とでも申しましょうか、順当なら長さん、お前さんぐらいの子があっても宜《い》いんですが、子の出来ないのは何かの罰《ばち》でしょうよ、いくらお金があっても子の無いほど心細いことはありませんから、長さん、お前さんも早く内儀さんを貰って早く子をお拵えなさい……お前さん貧乏だから嫁に来人がないとお云いだが、お金は何うにでもなりますから早くお貰いなさい、まだ宅《うち》の道具を種々|拵《こさ》えてもらわなければなりませんから、お金は私が御用達《ごようだ》てます」
 と云いながら膝の側に置いてある袱紗包《ふくさづゝみ》の中から、其の頃|新吹《し
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