配《しんぺい》しなさんな、そんな吝《けち》な旦那じゃア無《ね》え、もしか取りに来たら己が喰っちまったというから兄いも喰いねえ、一合買って来るから」
 と、兼松は是より酒を買って来て、折詰の料理を下物《さかな》に満腹して寝てしまいました。其の翌朝《よくあさ》長二は何か相談事があって大徳院前の清兵衛親方のところへ参りました後《あと》で兼松が台所を片付けながら、空の折を見て、長二の云う通り忘れて行ったので、柳島から取りに来はしまいかと少し気になるところへ、毎度使いに来る龜甲屋の手代が表口から、
 手代「はい御免なさい、柳島からまいりました」
 と聞いて兼松はぎょっとしました。

        十四

 兼松は遁《に》げる訳にも参りませんから、まご/\しながら、
 兼「えい何か御用で」
 手「はい、御新造《ごしんぞ》様が此のお手紙をお見せ申して、昨日《きのう》忘れた物を取って来てくれろと仰しゃいました」
 兼「へえー忘れた物を、へえー」
 手「それに此の品を上げて来いと仰しゃいました」
 と手紙と包物《つゝみもの》を出しましたが、兼松は蒼くなって、遠くの方から、
 兼「何《なん》だか分りやせんが、生憎|兄《あにき》えゝ長二が留守ですから、手紙も皆《みん》な置いてっておくんなせえ」
 手「いゝえ、是非手紙をお目にかけろと申付けられましたから、お前さん開けて見ておくんなさい」
 兼「だって私《わっち》にはむずかしい手紙は読めねえからね」
 手「御新造様のは毎《いつ》でも仮名ばかりですが」
 兼「そうかね」
 と怖々手紙を開《ひら》いて、
 兼「えゝと何《なん》だナ……鳥渡申上々《とりなべちゅうじょう/″\》……はてな鳥なべになりそうな種はなかったが、えゝと……昨日《さくひ》はよき折……さア困った、もしお使い、実はね鉋屑《かんなくず》の中にあったからお土産だと思ってね、お手紙の通り好《い》い折でしたが、つい喰ったので」
 手「へえー左様《さよう》でございますか、私《わたくし》は火鉢の側のように承わりましたが」
 兼「何処でも同じ事だが、それから何だ、えゝ……よき折から……空になった事を知ってるのか知らん、御《おん》めもし致《いたし》…何という字だろう…御うれしく……はてな、御めしがうれしいとは何ういう訳だろう、それから…そんじ上《じょう》…※[#「まいらせそろ」の草書体文字、42−3]…サア此の瘻《せむし》のような字は何とか云ったッけねえお前《めえ》さん、此の字は何と云いましたッけ」
 手「へい、どれでございます、へい、それはまいらせそろという字で」
 兼「そう/\、まいらせそろだ、それにしても何が損じたのか訳が分らねえが、えゝと……その折は、また折の事だ喰わなければよかった……持《もち》びょうおこり……おごりには違《ちげ》えねいが、持《もち》びょうとは何の事だか…あつく御《おん》せわに…相成り…御きもじさまにそんじ※[#「まいらせそろ」の草書体文字、42−8]……又損じて瘻のような字がいるぜ、相摸《さがみ》の相《さが》という字に楠正成《くすのきまさしげ》の成《しげ》という字だが、相成《さがしげ》じゃア分らねえし、又きもじさまとア誰の名だか、それから、えゝと……あしからかす/\御《おん》かんにん被下度候……何だか読めねえ」
 手「お早く願います」
 兼「左様《そう》急《せ》いちゃア尚分らなくならア、此のからす/\かんざえもんとア此間《こねえだ》御新造が来た夕方の事でしょう」
 手「そんな事が書いてございますか」
 兼「あるから御覧なせえ、それ」
 手「こりゃアあしからず/\御《ご》かんにんくだされたくそろでございます」
 兼「フム、お前《めえ》さんの方がなか/\旨《うめ》い物《もん》だ、其の先にむずかしい字が沢山《たんと》書いてあるが、お前さん読んでごらんなせい」
 手「こゝでございますか」
 兼「何でも其の見当だッた」
 手「こゝは……其の節置わすれ候《そろ》懐中物此のものへ御《おん》渡し被下度候《くだされたくそろ》、此の品粗まつなれどさし上候《あげそろ》先《まず》は用事のみあら/\※[#「かしく」の草書体文字、43−2]」
 兼「旨《うめ》い其の通りだ、その結尾《しまい》にある釣鉤《つりばり》のような字は何とか云ったね」
 手「かしくと読むのでございます」
 兼「ウムそうだ、分った事ア分ったが、兄いがいねえから、帰って其の訳を御新造に云っておくんなせい」
 と申しますので、手代も困って帰りました。其の後《あと》へ長二が戻って来ましたから、兼松が心配しながら手紙を見せると、
 長「昨日《きのう》御新造が薬を出したまんま紙入を忘れて行ったのを、今朝|見《め》っけたから取りに来ないうちにと思って、親方の所へ行った帰《けえ》りがけに柳島へ廻っ
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