すか」
 と幸兵衞が推《お》して尋ねますから、和尚は長二の身の上を委しく話したならば、不憫が増して一層贔屓にしてくれるであろうとの親切から、先刻長二に聞きました一伍一什《いちぶしじゅう》のことを話しますと、幸兵衛は大きに驚いた様子で、左様に不仕合な男なれば一層目をかけてやろうと申して立帰りました後《のち》は、度々《たび/\》長二の宅を尋ねて種々の品を注文いたし、多分の手間料を払いますので、長二は他の仕事を断って、兼松を相手に龜甲屋の仕事ばかりをしても手廻らぬほど忙《せわ》しい事でございました。其の年の四月から五月まで深川に成田の不動尊のお開帳があって、大層賑いました。其のお開帳へ参詣した帰りがけで、四月の廿八日の夕方龜甲屋幸兵衞は女房のお柳《りゅう》を連れ、供の男に折詰の料理を提《さ》げさせて、長二の宅へ立寄りました。
 幸「親方|宅《うち》かえ」
 兼「こりゃアいらっしゃい……兄い……鳥越の旦那が」
 長「そうか、イヤこれは、まアお上《あが》んなさい、相変らず散かっています」
 幸「今日はお開帳へまいって、人込で逆上《のぼ》せたから平清《ひらせい》で支度をして、帰りがけだが、今夜は柳島へ泊るつもりで、近所を通る序《ついで》に、妻《これ》が親方に近付になりたいと云うから、お邪魔に寄ったのだ」
 長「そりゃア好《よ》く……まア此方《こっち》へお上んなさい」
 と六畳ばかりの奥の室《ま》の長火鉢の側へ寝蓆《ねござ》を敷いて夫婦を坐らせ、番茶を注《つ》いで出す長二の顔をお柳が見ておりましたが、何ういたしたのか俄に顔が蒼くなって、眼が逆《さか》づり、肩で息をする変な様子でありますから、長二も挨拶をせずに見ておりますと、まるで気違のように台所の方から座敷の隅々をきょろ/\見廻して、幸兵衛が何を云っても、只はいとかいゝえとか小声に答えるばかりで、其の内に又何か思い出しでもしたのか、襟の中へ顔を入れて深く物を案じるような塩梅で、紙入を出して薬を服《の》みますから、兼松が茶碗に水を注いで出すと、一口飲んで、
 柳「はい、もう宜しゅうございます」
 長「何《ど》っか御気分でも悪いのですか」
 幸「なに、人込へ出ると毎《いつ》でも血の道が発《おこ》って困るのさ」
 兼「矢張《やっぱり》逆上《のぼ》せるので、もっと水を上げましょうか」
 幸「もう治りました、早く帰って休んだ方が宜しい……これは親方|生憎《あいにく》な事で、とんだ御厄介になりました、又其の内に出ましょう」
 とそこ/\に帰ってまいります。

        十三

 お柳の装《なり》は南部の藍の子持縞《こもちじま》の袷に黒の唐繻子《とうじゅす》の帯に、極微塵《ごくみじん》の小紋縮緬《こもんちりめん》の三紋《みつもん》の羽織を着て、水の滴《たれ》るような鼈甲《べっこう》の櫛《くし》笄《こうがい》をさして居ります。年は四十の上を余程越して、末枯《すが》れては見えますが、色ある花は匂《におい》失せずで、何処やらに水気があって、若い時は何様《どん》な美人であったかと思う程でございますが、来ると突然《いきなり》病気で一言《ひとこと》も物を云わずに帰って行く後影《うしろかげ》を兼松が見送りまして、
 兼「兄い……ちっと婆さんだが好《い》い女だなア」
 長「そうだ、装《なり》も立派だのう」
 兼「だが、旨味の無《ね》え顔だ、笑いもしねいでの」
 長「塩梅《あんべえ》がわるかったのだから仕方がねえ」
 兼「左様《そう》だろうけれども、一体が桐の糸柾《いとまさ》という顔立だ、綺麗ばかりで面白味が無《ね》え、旦那の方は立派で気が利いてるから、桑の白質《しらた》まじりというのだ」
 長「巧《うま》く見立てたなア」
 兼「兄いも己が見立てた」
 長「何《なん》と」
 兼「兄いは杉の粗理《あらまさ》だなア」
 長「何故」
 兼「何故って厭味なしでさっぱりしていて、長く付合うほど好《よ》くなるからさ」
 長「そんなら兼、手前《てめえ》は檜の生節《いきぶし》かな」
 兼「有難《ありがて》え、幅があって匂いが好《い》いというのか」
 長「いゝや、時々ポンと抜けることがあるというのよ」
 兼「人を馬鹿にするなア、毎《いつ》でもしめえにア其様《そん》な事だ、おやア折《おり》を置いて行ったぜ、平清のお土産とは気が利いてる、一杯《いっぺい》飲めるぜ」
 長「馬鹿アいうなよ、忘れて行ったのなら届けなけりゃアわりいよ」
 兼「なに忘れてッたのじゃア無《ね》え、コウ見ねえ、魚肉《なまぐさ》の入《へえ》ってる折にわざ/\熨斗《のし》が挿《はさ》んであるから、進上というのに違いねえ、独身もので不自由というところを察して持って来たんだ、行届いた旦那だ………何が入《へえ》ってるか」
 長「コウよしねえ、取りに来ると困るからよ」
 兼「心
前へ 次へ
全42ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング