して片隅の方に扣《ひか》えて居《お》ると、其の男は和尚に雑《ざっ》と挨拶して布施を納め、一二服煙草を呑んで本堂へお詣《まい》りに行きました。其の容体《ようだい》が頗《すこぶ》る大柄《おおへい》ですから、長二は此様《こん》な人に話でもしかけられては面倒だ、此の間に帰ろうと思いまして暇乞《いとまごい》を致しますと、和尚は又其の人に長二を紹介《ひきあわ》して出入場《でいりば》にしてやろうとの親切心がありますから、
和「まア少しお待ちなさい、今のお方は浅草|鳥越《とりこえ》の龜甲屋《きっこうや》幸兵衛《こうべえ》様というて私《わし》の一檀家じゃ、なか/\の御身代で、苦労人の上に万事贅沢にして居られるから、お近附になって置くが好《え》い」
長「へい有難うございますが、少し急ぎの仕事が」
和「今日は最《も》う仕事は出来はすまい、ムヽ仕事と云えば私《わし》も一つ煙草盆を拵《こさ》えてもらいたいが、何ういうのが宜《え》いかな……これは前住《せんじゅう》が持って居ったのじゃが、暴《あろ》うしたと見えて此様《こない》に毀《こわ》れて役にたゝんが、落板《おとし》はまだ使える、此の落板に合わして好《え》い塩梅に拵えてもらいたいもんじゃ」
と種々話をしかけますから長二は帰ることが出来ません、其の内に幸兵衛は参詣をしまい戻って来て、
幸「毎月|墓参《はかまいり》をいたしたいと思いますが、屋敷家業というものは体が自由になりませんので、つい不信心《ぶしん/″\》になります」
和「お忙しいお勤めではなか/\寺詣りをなさるお暇はないて、暇のある人でも仏様からは催促が来《こ》んによって無沙汰勝になるもので」
幸「まア左様いう塩梅で……二月《ふたつき》ばかり参詣をいたさんうちに御本堂が大層お立派になりました、彼《あ》の左の方にある経机は何方《どちら》からの御寄附でございますか、彼様《あん》な上作《じょうさく》は是まで見ません、余《よっ》ぽど良い職人が拵《こしら》えた物と見えます」
和「あの机かな、あれは此処《こゝ》にござる此の方の御寄附じゃて」
幸「へい左様《さよう》ですか……これは貴方《あなた》御免なさい……へい初めてお目にかゝります、私《わたくし》は幸兵衛と申す者で……只今承まわれば彼の経机を御寄附になったと申すことですが、あれは何処《どこ》の何《なん》と申す者へお誂《あつら》えになったものでございます」
長「へい、あれは、ヘイ私《わっち》が拵《こせ》えたので、仕事の隙《すき》に剰木《あまりっき》で拵えたのですから思うように出来ていません」
幸「へえーそれでは貴方は指物をなさるので」
和「はて、これが指物師で名高い不器用イヽヤナニ長二さんという人さ」
幸「フム、それでは予《かね》て風聞に聞いた名人の木具屋《きぐや》さん……へえー貴方が其の親方でございますか、慥《たし》か本所の〆切とかにお住いですな」
長「左様です」
幸「それでは柳島の私《わし》の別荘からは近い…就てはお目にかゝったのを幸い、差向《さしむ》き客火鉢を二十に煙草盆を五六対拵えてもらいたいのですが、尤《もっと》も桐でも桑でもかまいません、何時頃までに出来ますね」
長「早くは出来ません、良く拵《こせ》えるのには木の十年も乾《から》した筋の良《い》いのを捜さなけれアいけませんから」
幸「どうか願います、お近いから近日柳島の宅へ一度来てください、漸々《よう/\》此間《こないだ》普請《ふしん》が出来上ったばかりだから、種々誂えたいものがあります」
長「へい、私《わっち》はどうも独身《ひとりもの》で忙《せわ》しないから、屹度|上《あが》るというお約束は出来ません」
幸「そういう事なら近日|私《わし》がお宅へ出ましょう」
長「どうか左様《そう》願います」
と長二は斯様な人と応対をするのが嫌いでございますから、話の途切れたのを機《しお》に暇乞《いとまごい》をして帰りました。
十二
後《あと》で幸兵衛は和尚に、
幸「伎倆《うで》の良《い》い職人というものは、お世辞も軽薄もないものだと聞いていましたが、成程彼の長二も其の質《たち》で、なか/\面白い人物のようです」
和「職人じゃによって礼儀には疎《うと》いが、心がけの善《え》い人で、第一|陰徳《いんとく》を施す事が好きで、此の頃は又仏のことに骨を折っているじゃて、余程妙な奇特《きどく》な人じゃによって、どうか贔屓にしてやってください」
幸「左様《さよう》ですか、職人には珍らしい変り者でございますが、それには何か訳のある事でしょう」
和「はい、お察しの通り訳のあることで、全体あの男は棄児でな、今に其の時の疵が背中に穴になって残って居《お》るげな」
幸「へえー、それは何うした疵で、どういう訳でございま
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