と手続きを申し立てるによって、その覚悟で居ってもらわんければならんが、宜しいかね」
 と調子に乗って声高《こわだか》に談判するを、先刻《せんこく》より軒前《のきさき》に空合《そらあい》を眺めて居りました二人の夜店|商人《あきんど》が、互いに顔を見合わせ、頷《うなず》きあい、懐中から捕縄《とりなわ》を取出すや否や、格子戸をがらりっと明けて、
 「御用だ……神妙にいたせ」
 と手早く玄石に縄をかけ、茂二作夫婦諸共に車坂の自身番へ拘引いたしました。この二人の夜店商人は申すまでもなく、大抵御推察になりましたろうが、これは曩《さき》に吟味与力吉田駒二郎から長二郎一件の探偵方を申付けられました、金太郎繁藏の両人でございます。

        三十七

 岩村玄石を縛りあげて厳重に取調べますと、此の者は越中国《えっちゅうのくに》射水郡《いみずごおり》高岡の町医の忰で、身持|放埓《ほうらつ》のため、親の勘当を受け、二十歳《はたち》の時江戸に来て、ある鍼医《はりい》の家の玄関番に住込み、少しばかり鍼術《はり》を覚えたので、下谷|金杉村《かなすぎむら》に看板をかけ、幇間《たいこ》半分に諸家へ出入をいたして居《お》るうち、根岸の龜甲屋へも立入ることになり、諂諛《おべっか》が旨いのでお柳の気に入り、茂二作夫婦とも懇意になりました所から、主人半右衞門が病気の節お柳幸兵衞の内意を受けた茂二作夫婦から、他《ひと》に知れないように半右衞門を毒殺してくれたら、百両礼をすると頼まれたが、番木鼈《まちん》の外は毒薬を知りません。また鍼《はり》には戻天《るいてん》といって一打《ひとうち》で人を殺す術があるということは聞いて居りますが、それまでの修業をいたしませんから、殺す方角がつきませんが、眼の前に吊下《ぶらさが》っている百両の金を取損《とりそこな》うのも残念と、種々《いろ/\》に考えるうち、人体の左の乳の下は心谷命門《しんこくめいもん》といって大切な所ゆえ、秘伝を受けぬうちは無闇に鍼を打つことはならぬと師匠が毎度云って聞かしたことを思い出しましたから、是が戻天の所かも知れん、物は試しだ一番|行《やっ》て見ようというので、茂二作夫婦には毒薬をもって殺す時は死相が変って、人の疑いを招くから、愚老が研究した鍼の秘術で殺して見せると申して、例の通り療治をする時、半右衞門の左の乳の下へ思切って深く鍼を打ったのがまぐれ中《あた》りで、命門に達したものと見えて、半右衞門は苦痛もせず落命いたしましたから、お柳と幸兵衞は大《おおき》に喜び、玄石の技術《うでまえ》を褒めて約束の通り金百両を与えて、堅く口止をいたし、茂二作夫婦にも幾許《いくら》かの口止金を与えて半右衞門を病死と披露して、谷中の菩提所へ埋葬《とりおき》をいたしたと逐一旧悪を白状に及びましたので、幸兵衞お柳の大悪人ということが明白になり、長二郎は図らず実父半右衞門の仇《あだ》幸兵衞を殺し、敵討をいたした筋に当りますが、悪人ながらお柳は実母でございますから、親殺しの廉《かど》は何うしても遁《のが》れることは出来ませんので、町奉行筒井和泉守様は拠《よんどこ》ろなく、それ/″\の口書《こうしょ》を以て時の御老中の筆頭|土井大炊頭《どいおおいのかみ》様へ伺いになりましたから、御老中|青山下野守《あおやましもつけのかみ》様、阿部備中守《あべびっちゅうのかみ》様、水野出羽守《みずのでわのかみ》様、大久保加賀守《おおくぼかゞのかみ》様と御評議の上、時の将軍|家齊《いえなり》公へ長二郎の罪科御裁許を申上げられました。この家齊公と申すは徳川十一代の将軍にて、文恭院《ぶんきょういん》様と申す明君《めいくん》にて、此の時御年四十六歳にならせられ専ら天下の御政事の公明なるようにと御心《みこゝろ》を用いらるゝ折※[#「てへん+丙」、第4水準2−13−2]《おりから》でございますから、容易には御裁許遊ばされず、猶お御老中方に長二郎を初め其の他《た》関係《かゝりあい》の者の身分行状、並に此の事件の手続等を悉《くわ》しくお訊《たゞ》しになりましたから、御老中方から明細に言上《ごんじょう》いたされました処、成程|半右衞門《はんえもん》妻柳なる者は、長二郎の実母ゆえ親殺しの罪科に宛行《あておこな》うべきものなるが、柳は奸夫幸兵衞と謀《はか》り、玄石を頼んで半右衞門を殺した所より見れば、長二郎のためには幸兵衞同様親の仇に相違なし、然るに実母だからといって復讐の取扱が出来ぬというは如何《いか》にも不条理のように思われ、裁断に困《くるし》むとの御意にて、直《すぐ》に御儒者《ごじゅしゃ》林大學頭様をお召しになり、御直《ごじき》に右の次第をお申聞けの上、斯様なる犯罪はまだ我国には例もなき事ゆえ、裁断いたし兼るが、唐土《からくに》に類例もあらば聞きたし、且《かつ》別に
前へ 次へ
全42ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング