て置いた衣裳を着けて出ました、容貌は一段に引立って美しゅうございまして、殿様が早くとのお詞《ことば》に随い、島路は憶する色なく立上りまして、珠取《たまとり》の段を踊りますを、殿様は能くも御覧にならず、何か頻《しき》りに御思案の様子でございましたが、踊の半頃《なかごろ》で、
 和「感服いたした、最《も》うよい、疲れたであろう、休息いたせ」
 と踊を差止め、酒肴《さけさかな》を下げさせ、奥方を始め女中達を遠ざけられて、俄に腹心の吟味与力|吉田駒二郎《よしだこまじろう》と申す者をお召になりまして、夜《よ》の更けるまで御密談をなされたのは、全く長二郎の一件に就いて、幸兵衛夫婦の素性を取調べる手懸りを御相談になったので、略《ほゞ》探索の方も定まりましたと見え、駒二郎は御前を退《しりぞ》いて帰宅いたし、直に其の頃探偵|捕者《とりもの》の名人と呼ばれた金太郎《きんたろう》繁藏《しげぞう》という二人の御用聞を呼寄せて、御用の旨を申含めました。

        三十二

 町奉行筒井和泉守様は、長二郎ほどの名人を失うは惜《おし》いから、救う道があるなら助命させたいと思召す許《ばか》りではございません、段々吟味の模様を考えますと、幸兵衛夫婦の身の上に怪しい事がありますから、これを調べたいと思召したが、夫婦とも死んで居ります事ゆえ、吟味の手懸りがないので、深く心痛いたされまして、漸々《よう/\》に幸兵衛が龜甲屋お柳方へ入夫《にゅうふ》になる時、下谷稲荷町の美濃屋茂二作《みのやもじさく》と其の女房お由《よし》が媒妁《なこうど》同様に周旋をしたということを聞出しましたから、早速お差紙《さしがみ》をつけて、右の夫婦を呼出して白洲を開かれました。
 奉行「下谷稲荷町|徳平店《とくべいたな》茂二作、並《ならび》に妻《さい》由、其の他名主、代組合の者残らず出ましたか」
 町役「一同差添いましてござります」
 奉「茂二作夫婦の者は長年龜甲屋方へ出入《でいり》をいたし、柳に再縁を勧め、其の方共が媒妁《なかだち》をいたして、幸兵衛と申す者を入夫にいたせし由じゃが、左様《さよう》か」
 茂「へい左様でございます」
 由「それも私共《わたくしども》が好んで致したのではございません、拠《よんどころ》なく頼まれましたので」
 奉「如何なる縁をもって其の方共は龜甲屋へ出入をいたしたのか」
 茂「それはあの龜甲屋の先《せん》の旦那|半右衛門《はんえもん》様が、御公儀の仕立物御用を勤めました縁で、私共も仕立職の方で出入をいたしましたので、へい」
 奉「何歳の時から出入いたしたか」
 茂「二十六歳の時から」
 奉「当年何歳に相成る」
 茂「五十五歳で」
 奉「由は龜甲屋に奉公をいたせし趣《おもむき》じゃが、何歳の時奉公にまいった」
 由「へい、私《わたくし》は十七の三月からでございますから」
 と指を折って年を数え、
 「もう廿八九年前の事でございます」
 奉「其の後《ご》両人とも相変らず出入をいたして居ったのじゃな」
 茂「左様でございます」
 奉「して見ると其の方共|実体《じってい》に勤めて、主人の気に入って居ったものと見えるな」
 由「はい、先《せん》の旦那様がまことに好《よ》いお方で、私共へ目をかけて下さいましたので」
 奉「左様であろう、して柳と申す女は何時頃《いつごろ》半右衛門方へ嫁にまいったものか、存じて居ろうな」
 茂「へい、私《わたくし》が奉公にまいりました年で、御新造《ごしんぞ》は其の時|慥《たし》か十八だと覚えて居ります」
 奉「御新造とはお柳のことか」
 茂「へい」
 奉「して、半右衛門は其の時何歳であった」
 茂「左様で」
 と考えて、お由とさゝやき、指を折り、
 茂「三十二三歳であったと存じます」
 奉「当月九日の夜《よ》、柳島押上堤において長二郎のために殺害《せつがい》された幸兵衛という者は、如何なる身分職業で、龜甲屋方に入夫にまいるまで、何方《いずかた》に住居いたして居った者じゃ」
 茂「幸兵衛は坂本二丁目の経師屋《きょうじや》桃山甘六《もゝやまかんろく》の弟子で、其の家が代替りになりました時、暇《いとま》を取って、それから私方《わたくしかた》に居りました」
 奉「其の方宅に何個年《なんがねん》居ったか」
 茂「左様でございます、彼是十年たらず居りました」
 奉「フム大分《だいぶん》久しく居ったな」
 茂「へい、随分厄介ものでございました」
 奉「其の方の宅において幸兵衛は常に何をいたして居った」
 茂「へい、只ぶら/\、いえ、アノ経師をいたして居りました」
 奉「フム、由其の方は存じて居ろうが、龜甲屋の元の宅は根岸であったによって、坂本の経師職桃山が出入ゆえ、幸兵衛が屡々《しば/\》仕事にまいったであろう」
 由「はい」
 と云いにかゝるを茂二作
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