される仔細が分りませんから、奥方が不審に思われまして、
島「御前様、その長二郎とか申す者のことをお聞き遊ばして、如何《いかゞ》遊ばすのでござります」
と尋ねられたので、殿様は長二郎を助ける手段もあろうかとの熱心から、うか/\島路に根問いをした事に心付かれましたが、お役向の事を此の席で話すわけにも参りませんから、笑いに紛らして、
和「何サ、その長二郎と申す者は役者のような美《よ》い男じゃによって、島路が懸想でもして居《お》るなら、身が助七に申聞けて夫婦《みょうと》にしてやろうと思うたのじゃ」
と一時の戯《たわむれ》にして此の場の話を打消そうと致されましたのを、女中達は本当の事と思って、羨ましそうに何《いず》れも島路の方《かた》へ目を注ぎますので、島路は羞《はず》かしくもあり、又思いがけない殿様の御意に驚き、顔を赧《あか》らめて差俯《さしうつむ》いて居りますを、奥方は気の毒に思召して、
「如何《いか》に御前様の御意でも、こりゃ此の所では御挨拶が成りますまいのう島路」
と奥方にまで問詰められて、島路は返答に困り、益々顔を赧くしてもじ/\いたして居りますと、女中達は羨ましそうに、
春野「島路さん、何をお考え遊ばします、願ってもない御前様の御意、私《わたくし》なら直《すぐ》にお受けをいたしますのに、お年がお若いせいか、ぐず/\して」
常夏「春野さんの仰しゃる通り、此の様な有難い事はござんせぬ、それとも殿御の御器量がお錠口《じょうぐち》の金壺《かねつぼ》さんのようなら、私《わたくし》のような者でも御即答は出来ませんが、その長二郎さんという方は役者のような男だと御前様が仰しゃったではござりませぬか」
千草「そのうえお仕事が江戸一番の名人で、お金が沢山儲かるとの事」
早咲「そればかりでも結構すぎるに、お心立が優しくって、きりゝと締った所があるとは、嘘のような殿御振り、お話を承わりましたばかりで私《わたくし》はつい、ホヽ……オホヽヽヽ」
と女中達のはしたなきお喋りも一座の興でございます。
三十一
殿様は御機嫌よろしく打笑《うちえ》まれまして、
和「どうじゃ島路、皆の者は話を聞いたばかりで彼様《かよう》に浮れて居《お》るに、其方は何故《なぜ》鬱《ふさ》ぐのじゃ」
と退引《のっぴき》のならんお尋ねを迷惑には思いましたが、此の所で一言《いちごん》申しておかなければ、殿様が自分を他《ほか》の女中達のように思召して、万一父助七へ御意のあった時は、否《いな》やを申上げることも出来ぬと思いましたから、羞かしいのを堪《こら》えまして、少し顔を上げ、
島「だん/\の御意は誠に有難う存じますが、何卒《どうぞ》此の儀は御沙汰止《ごさたやみ》にお願い申上げます、長二郎は伎倆《うでまえ》と申し心立と申し、男として不足の廉《かど》は一つもございませんが、私《わたくし》家は町人ながらも系図正しき家筋でございますれば、身分違いの職人の家へ嫁入りを致しましては、第一先祖へ済みませず、且《かつ》世間で私の不身持から余儀なく縁組を致したのであろうなぞと、風聞をいたされますのが心苦しゅうございますれば、何卒《なにとぞ》此の儀は此の場ぎり御沙汰止にお願い申上げます」
ときっぱり申述べました。追々世の中が開《ひら》けて、華族様と平民と縁組を致すようになった当今のお子様方は、この島路の口上をお聞きなすっては、開けない奴だ、町人と職人と何程《どれほど》の違《ちがい》がある、頑固にも程があると仰しゃいましょうが、其の頃は身分という事がやかましくなって居りまして、お武家と商人《あきんど》とは縁組が出来ません、拠所《よんどころ》なく縁組をいたす時は、其の身分に応じて仮親を拵《こしら》えますことで、商人と職人の間にも身分の分《わか》ちが立って居りました、殊に身柄のある商人はお武家が町人百姓を卑しめる通り、職人を卑しめたものでございますから、島路は長二郎を不足のない男とは思って居りますが、物の道理を心得て居《お》るだけに、此の御沙汰を断ったのでございます。殿様は元来|左様《そう》いう思召《おぼしめし》ではなく、只此の場の話を紛らせようと、戯れ半分に仰しゃったお言葉が本当になったので、取返しがつかず、困っておられた処へ、島路が御沙汰止を願いましたから、これを幸いに、
和「おゝ、何も身が無理に左様《そう》いうのではない、左様いうことなら今の話は止《や》めにするから、島路大儀じゃが下物《さかな》に何か一つ踊って見せい」
と踊りの御所望《ごしょもう》がございましたから、女中達は俄に浮き立ちまして、それ/″\の支度をいたし、さア島路さん、早くと急《せ》き立てられて、島路は迷惑ながら一旦其の席を引退《ひきさが》りまして、斯様《かよう》な時の用心に宿から取寄せ
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