に御処刑を受けようと思いましたが、仔細を云わなけりゃア気違だと仰しゃるから、致し方がございません、其の理由《わけ》を申上げますから、お聞取りをお願い申します」
とそれより自分の背中に指の先の入る程の穴があるのを、九歳《こゝのつ》の時初めて知って母に尋ねると、母は泣いて答えませんので、自分も其の理由を知らずにいた処、去年の十一月職人の兼松と共に相州の湯河原で湯治中、温泉宿へ手伝に来た婆さんから自分は棄児《すてご》であって、背中の穴は其の時受けた疵である事と、長左衛門夫婦は実《まこと》の親でなく、実の親は名前は分らないが、斯々云々《かく/\しか/″\》の者で、自分達の悪い事を掩《おお》わんがために棄てたのであるという事を初めて知って、実の親の非道を恨み、養い親の厚恩に感じて、養い親のため仏事を営み、菩提所の住持に身の上を話した時、幸兵衛に面会したのが縁となり、其の後《のち》種々《いろ/\》の注文をして過分の手間料を払い、一方《ひとかた》ならず贔屓にして、度々尋ねて来る様子が如何にも訝《おか》しくあり、殊に此の四月夫婦して尋ねて来た時、お柳が急病を発《おこ》し、また此の九月柳島の別荘で余儀なく身の上を話して、背中の疵を見せると、お柳が驚いて癪《しゃく》を発した様子などを考えると、お柳は自分を産んだ実の母らしく思えるより、手を廻して幸兵衛夫婦の素性を探索すると、間違いなさそうでもあり、また幸兵衛が菩提所の住持に自分の素性を委《くわ》しく尋ねたとの事を聞き、幸兵衛夫婦も自分を実子と思っては居《お》れど、棄児にした廉《かど》があるから、今さら名告《なの》りかね、余所《よそ》ながら贔屓にして親しむのに相違ないと思う折から、去る九日《こゝのか》の夕方《ゆうかた》夫婦して尋ねて来て、親切に嫁を貰えと勧め、その手当に五十両の金を遣るというので、もう間違いはないと思って、自分から親子の名告をしてくれと迫った処、お柳は顕《あら》われたと思い、恟《びっく》りして逃出そうとする、幸兵衛は其の事が知れては身の上と思ったと見え、自分を気違だの騙《かたり》だのと罵《のゝし》りこづきまわして、お柳の手を取り、逃帰ったが、斯様《こん》な人から、一文半銭たゞ貰う謂《いわ》れがないから、跡に残っていた五十両の金を返そうと二人を逐《おい》かけ、先へ出越して待っている押上堤で、図らずお柳の話を聞き正《まさ》しく実の母親と知ったから、飛出して名告ってくれと迫るを、幸兵衛が支えて、粗暴を働き、短刀を抜いて切ろうとするゆえ、これを奪い取ろうと悶着の際、両人に疵を負わせ、遂に落命させしと、一点の偽りなく事の顛末《てんまつ》を申し立てましたので、恒太郎源八を始め、孰《いず》れも大きに驚き、長二の身の上を案じ、大抵にしておけと云わぬばかりに、源八が窃《そっ》と長二の袖を引くを、奉行は疾《はや》くも認められまして、
奉「こりゃ止むるな、控えておれ」
二十九
奉「長二郎、然《しか》らば其の方は全く両親を殺害《せつがい》致したのじゃな」
長「へい……まア左様《そう》いう次第ではございますが、幸兵衛という人は本当の親か義理の親か未だ判然《はっきり》分りません」
奉「左様《さよう》か……こりゃ萬助、其の方幸兵衛と柳が夫婦になったのは何時《いつ》か存じて居《お》るか」
萬「へい、たしか五ヶ年前と承わりましたが、私《わたくし》は其の後《のち》に奉公住《ほうこうずみ》をいたしましたので」
奉「夫婦の者は当年何歳に相成るか存じて居《お》るか」
萬「へい幸兵衛は五十三歳で、柳は四十七歳でございます」
奉「左様か」
と奉行は眼《まなこ》を閉じて暫時《ざんじ》思案の様子でありましたが、白洲を見渡して、
奉「長二郎、只今の申立てに聊《いさゝ》かも偽りはあるまいな」
長「けちりんも嘘は申しません」
奉「追って吟味に及ぶ、長二郎入牢申付ける、萬助恒太郎儀は追って呼出《よびいだ》す、一同立ちませい」
是にて此の日のお調べは相済みましたが、筒井侯は前《ぜん》にも申述べました通り、坂倉屋の主人又は林大學頭様から、長二の伎倆《うでまえ》の非凡なる事を聞いておられますから、斯様な名人を殺すは惜《おし》いもの、何とかして助命させたいとの御心配で、狂人の扱いにしようと思召したのを、長二は却《かえ》って怒り、事実を明白に申立てたので、折角の心尽しも無駄になりましたが、その気性の潔白なるに益々《ます/\》感服致されましたから、猶工夫をして助命させたいと思召し、一先《ひとま》ず調べを止《や》めてお邸《やしき》へ帰られました。当今は人殺《ひとごろし》にも過失殺故殺謀殺などとか申して、罪に軽重《けいじゅう》がございますから、少しの云廻しで人を殺しても死罪にならずにしまいますが、旧幕時代の法
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