ア十年|前《めえ》私《わっち》に何と云いなすった、親方忘れやしないだろう、箱というものは木を寄せて拵《こせ》えるものだから、暴《あら》くすりア毀れるのが当然《あたりめえ》だ、それが幾ら使っても百年も二百年も毀れずに元のまんまで居るというのア仕事に精神《たましい》を入れてするからの事だ、精神を入れるというのは外じゃアねえ、釘の削り塩梅から板の拵え工合《ぐえい》と釘の打ち様にあるんだ、それだから釘一本|他《ひと》に削らせちゃア自分の精神が入らねえところが出来て、道具が死んでしもうのだ、死んでる道具は直に毀れッちまうと云ったじゃアありやせんか、其の通りしねえから此の棚の仕事は嘘だと云うのだ、此様《こんな》に直ぐ毀れる物を納めるのア注文先へ対《てえ》して不実というものだ、是で高い工手間《くでま》を取ろうとは盗人《ぬすっと》より太《ふて》え了簡だ」
 と止途《とめど》なく罵《のゝし》ります。

        二十四

 清兵衛も腹にすえかね、
 清「黙りやアがれ、馬鹿野郎め、生意気を吐《ぬか》しやアがると承知しねえぞ、坂倉屋の仏壇で名を取ったと思って、高言を吐《つ》きアがるが、手前《てめえ》がそれほど上手になったのア誰が仕込んだんだ、其の高言は他《ほか》へ行って吐くが宜《い》い、己の目からはまだ板挽《いたひき》の小僧だが、己を下手だと思うなら止せ、他《ひと》に対《むか》って己の弟子だというなよ」
 長「さア、それだから京都へ修業に行くのだ、親方より上手な師匠を取る気だ」
 恒「呆れた野郎だ、父《とっ》さん何うしよう」
 兼「正気でいうのじゃアねえ」
 清「気違《きちげえ》だろう、其様《そん》な奴に構うなよ」
 兼「おい、兄い、どうしたんだ、本当に気でも違ったのか」
 長「べらぼうめ、気が違ってたまるもんか、此様《こん》な下手な親方に附いていちゃア生涯《しょうげえ》仕事の上りッこがねえから、己の方から断るんだ」
 清「長二、手前《てめえ》本当に其様なことをいうのか」
 長「嘘を吐《つ》いたッて仕方がねえ、私《わっち》が京都で修業をして名人になッたって、己の弟子だと云わねえように縁切《えんきり》の書付《かきつけ》をおくんなせえ」
 清「べらぼうめ、手前のような奴ア、再び弟子にしてくれろと云って来ても己の方からお断りだ」
 長「書付を出さねえなら、此方《こっち》で書いて行こう」

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