さりゃアそれで宜《い》いんです、それを縁に金を貰おうの、お前《めえ》さんの家《うち》に厄介《やっけい》になろうのとは申しません、私は是まで通り指物屋でお出入を致しますから、只親だと一言《ひとこと》云っておくんなせえ」
 と袂に縋《すが》るを振払い、
 幸「何をするんだ、放さねえと家主《いえぬし》へ届けるが宜いか」
 と云われて長二が少し怯《ひる》むを、得たりと、お柳を表へ連れ出そうとするを、長二が引留めようと前へ進む胸の辺《あたり》を右の手で力にまかせ突倒して、
 幸「さア疾《はや》く」
 とお柳の手を引き、見返りもせず柳島の方《かた》へ急いでまいります。後影《うしろかげ》を起上りながら、長二が恨めしそうに見送って居りましたが、思わず跣足《はだし》で表へ駈出し、十間ばかり追掛《おっか》けて立止り、向うを見詰めて、何か考えながら後歩《あとじさり》して元の上《あが》り口《はな》に戻り、ドッサリ腰をかけて溜息を吐《つ》き、
 長「ハアー廿九年|前《めえ》に己を藪ん中《なけ》え棄てた無慈悲な親だが、会って見ると懐かしいから、名告ってもれえてえと思ったに、まだ邪慳を通して、人の事を気違だの騙《かた》りだのと云って明かしてくれねえのは何処までも己を棄てる了簡か、それとも己の思違いで本当の親じゃア無《ね》いのか知らん、いゝや左様《そう》で無《ね》え、本当の親で無くって彼様《あん》なことをいう筈は無《ね》い、それに五十両という金を……おゝ左様だ、彼《あ》の金は何うしたか」
 と内に這入って見ると、行灯《あんどう》の側に最前の金包がありますから、
 長「やア置いて行った…此の金を貰っちゃア済まねえ、チョッ忌々《いま/\》しい奴だ」
 と独言《ひとりごと》を云いながら金包を手拭に包《くる》んで腹掛のどんぶりに押込み、腕組をして、女と一緒だからまだ其様《そんな》に遠くは行くまい、田圃径《たんぼみち》から請地《うけち》の堤伝《どてづた》いに先へ出越せば逢えるだろう、柳島まで行くには及ばねえと点頭《うなず》きながら、尻をはしょって麻裏草履を突《つっ》かけ、幸兵衞夫婦の跡を追って押上《おしあげ》の方《かた》へ駈出しました。此方《こちら》は幸兵衞夫婦丁度霜月九日の晩で、宵から陰《くも》る雪催しに、正北風《またらい》の強い請地の堤《どて》を、男は山岡頭巾をかぶり、女はお高祖頭巾《こそずきん》に顔を
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