せるため来月お出入|邸《やしき》の筒井様の奥へ御奉公にあげる積りですから、娘《これ》が下《さが》るまでゞ宜《い》いんです」
長「そんなら拵えましょう」
助「湯河原は打撲《うちみ》と金瘡《きりきず》には能《い》いというから、緩《ゆっく》り湯治をなさるが宜《い》い、就《つい》てはこの仏壇の作料を上げましょう、幾許《いくら》あげたらよいね」
長「左様……別段の御注文でしたから思召《おぼしめし》に適《かな》うように拵えましたので、思ったより手間がかゝりましたが……百両で宜《よ》うございます」
其の頃の百両と申す金は当節の千両にも向う大金で、如何に念入でも一個《ひとつ》の仏壇の細工料が百両とは余り法外でございますから、助七は恟《びっく》りして、何《なん》にも云わず、暫く長二の顔を見詰めて居りました。
五
助七は仏壇の細工は十分心に適って丈夫そうには出来たが、百両の手間がかゝったとは思えません、これは己が余り褒めすぎたのに附込んで、己の家《うち》が金持だから法外の事をいうのであろう、扨《さて》は此奴《こいつ》は潔白な気性だと思いの外《ほか》、卑しい了簡の奴だなと腹が立ちましたから、
助「おい親方、この仏壇の板は此方《こっち》から出したのだよ、百両とはお前間違いではないか」
長「へい、板を戴いた事ア知っています、何も間違いではございません」
助「是だけの手間が百両とは少し法外ではないか」
長「そう思召しましょうが、それだけ手間がかゝったのです、百両出せないと仰しゃるなら宜うがす元の通りの板をお返し申しますから仏壇は持って帰ります……素人衆には分りますまいよ」
と云いながら仏壇を持ちて帰ろうといたしますから、助七が押留《おしと》めまして、
助「親方、まア待ちなさい、素人に分らないというが、百両という価値《ねうち》の細工が何処にあるのだえ」
長「はい……旦那御注文の時何と仰しゃいました、この仏壇は大切の品だから、火事などで持出す時、他の物が打付《ぶッつか》っても、又|落《おっ》ことしても毀《こわ》れないようにしたいが、丈夫一式で見てくれが拙《まず》くっては困ると仰しゃったではございませんか、随分無理な注文ですが、出来ない事はありませんから、釘一本|他手《ひとで》にかけず一生懸命に精神《たましい》を入れて、漸々《よう/\》御注文通りに拵え上げ
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