門の実子なること明白に相分りし上は、其の方が先月九日の夜《よ》、柳島押上堤において幸兵衞、柳の両人を殺害いたしたのは、十ヶ年前右両人のため、非業に相果てたる実父半右衞門の敵《かたき》を討ったのであるぞ、孝心の段上にも奇特に思召し、青差《あおざし》拾貫文《じっかんもん》御褒美下し置かるゝ有難く心得ませい、且《かつ》半右衞門の跡目相続の上、手代萬助は其の方において永の暇《いとま》申付けて宜かろう」
 萬「へい、恐れながら申上げます、何ういう贔屓か存じませんが余《あんま》り依估《えこ》の御沙汰《ごさた》かと存じます、成程幸兵衞は親の敵《かたき》でもござりましょうが、御新造は長二郎の母に相違ござりませんから、親殺しのお処刑《しおき》に相成るものと心得ますに、御褒美を下さりますとは、一円合点のまいりませぬ御裁判かと存じます」
 奉「フム、よう不審に心付いたが、依估の沙汰とは不埓な申分じゃ、其の方斯様な裁判が奉行一存の計《はから》いに相成ると存じ居《お》るか、一人《いちにん》の者お処刑に相成る時は、老中方の御評議に相成り上様へ伺い上様の思召をもって御裁許の上、老中方の御印文《ごいんもん》が据《すわ》らぬうちはお処刑には相成らぬぞ、其の方公儀の御用を相勤め居った龜甲屋の手代をいたしながら、其の儀相心得居らぬか、不束者《ふつゝかもの》めが」

        四十

 奉行は高声《こうせい》に叱りつけて、更に言葉を和《やわら》げられ、
 奉「半右衞門妻柳は、長二郎の実母ゆえ、親殺しと申す者もあろうが、親殺しに相成らぬは、斯ういう次第じゃ、柳は夫半右衞門|存生中《ぞんじょうちゅう》密夫《みっぷ》を引入れ、姦通致せし廉《かど》ばかりでも既に半右衞門の妻たる道を失って居《お》る半右衞門に於《おい》て此の事を知ったならば軽うても離縁いたすであろう、殊に奸夫幸兵衞と申合わせ窃《ひそ》かに半右衞門を殺した大悪非道な女じゃによって、最早半右衛門の妻でない、半右衛門の妻でなければ長二郎のために母でない、この道理を礼記と申す書物によって林大學頭より上様へ言上いたしたによって、長二郎は全く実父の敵である、他人の柳と幸兵衛を討取ったのであると御裁許に相成ったのじゃ、萬助分ったか」
 萬「恐入りました」
 奉「茂二作並に妻由、其の方共半右衞門方へ奉公中、主人妻柳に幸兵衞を取持ったるのみならず、柳の悪事に同
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