く実の母親と知ったから、飛出して名告ってくれと迫るを、幸兵衛が支えて、粗暴を働き、短刀を抜いて切ろうとするゆえ、これを奪い取ろうと悶着の際、両人に疵を負わせ、遂に落命させしと、一点の偽りなく事の顛末《てんまつ》を申し立てましたので、恒太郎源八を始め、孰《いず》れも大きに驚き、長二の身の上を案じ、大抵にしておけと云わぬばかりに、源八が窃《そっ》と長二の袖を引くを、奉行は疾《はや》くも認められまして、
 奉「こりゃ止むるな、控えておれ」

        二十九

 奉「長二郎、然《しか》らば其の方は全く両親を殺害《せつがい》致したのじゃな」
 長「へい……まア左様《そう》いう次第ではございますが、幸兵衛という人は本当の親か義理の親か未だ判然《はっきり》分りません」
 奉「左様《さよう》か……こりゃ萬助、其の方幸兵衛と柳が夫婦になったのは何時《いつ》か存じて居《お》るか」
 萬「へい、たしか五ヶ年前と承わりましたが、私《わたくし》は其の後《のち》に奉公住《ほうこうずみ》をいたしましたので」
 奉「夫婦の者は当年何歳に相成るか存じて居《お》るか」
 萬「へい幸兵衛は五十三歳で、柳は四十七歳でございます」
 奉「左様か」
 と奉行は眼《まなこ》を閉じて暫時《ざんじ》思案の様子でありましたが、白洲を見渡して、
 奉「長二郎、只今の申立てに聊《いさゝ》かも偽りはあるまいな」
 長「けちりんも嘘は申しません」
 奉「追って吟味に及ぶ、長二郎入牢申付ける、萬助恒太郎儀は追って呼出《よびいだ》す、一同立ちませい」
 是にて此の日のお調べは相済みましたが、筒井侯は前《ぜん》にも申述べました通り、坂倉屋の主人又は林大學頭様から、長二の伎倆《うでまえ》の非凡なる事を聞いておられますから、斯様な名人を殺すは惜《おし》いもの、何とかして助命させたいとの御心配で、狂人の扱いにしようと思召したのを、長二は却《かえ》って怒り、事実を明白に申立てたので、折角の心尽しも無駄になりましたが、その気性の潔白なるに益々《ます/\》感服致されましたから、猶工夫をして助命させたいと思召し、一先《ひとま》ず調べを止《や》めてお邸《やしき》へ帰られました。当今は人殺《ひとごろし》にも過失殺故殺謀殺などとか申して、罪に軽重《けいじゅう》がございますから、少しの云廻しで人を殺しても死罪にならずにしまいますが、旧幕時代の法
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