。此の日向見川《ひなたみがわ》と荒川《あらかわ》と云うのが二筋《ふたすじ》に別れて来ます。是は信州と越後との境から落して参り、四万川と称え、流れの末が下山田川《しもやまだがわ》に合《がっ》して吾妻川へ落しますゆえ、山から材木を伐出《きりだ》し、尺角《しゃくかく》二尺角|或《あるい》は山にて板に挽《ひ》き、貫小割《ぬきこわり》は牛の脊《せ》で下《おろ》して参ります。山田川で筏を組みますには藤蔓《ふじづる》を用います、これを上拵《うわごしら》えととなえ、筏乗の方では藤蔓のことを一|把《わ》二把と申しませんで、一タキ二タキと云います、一|駄《だ》六|把《ぱ》ずつ有りまして、其の頃では一駄七十五銭で、十四五本ぐらいずつ紮《から》げましてこれを牛の脊で持って来るのを、組揚げて十二段にして出しますが、誠に危い身の上でございます。筏乗は悪く致すと岩角に衝当《つきあた》り、水中へ陥《おち》るような事が毎度ありますが、山田川から前橋まで漕出《こぎだ》す賃金は稍《ようや》く金二円五十銭ぐらいのもので、長い楫《かじ》を持ち筏の上に乗って、前後《あとさき》に二人ずつ居りまして、中乗《なかの》りが三人ぐらい居ま
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