貴方お屋敷と違ってね、それに殿様があゝ云う訳にお成りなすったから、何うすることも出来ませんで、思いがけないまた外に苦労がございまして」
由「これは妙でげす貴方、此方《こなた》は」
やま「はい此方さまは駿河台のソレ胸突坂に入らっしゃった殿様のお二方目《ふたかため》のお嬢さまでございます」
二十八
幸「どうも思い掛けない、不思議な御縁付で」
やま「御縁付はまだお極りにはなりませんので」
岩「へ、まだ御婚礼は済まないので、誠に生涯お一人で暮したいなぞと心細い事を仰しゃるから、私《わたくし》がお附き申しては居りますが、そんならって御姉妹《ごきょうだい》でありますので、宅《うち》の方の極りが着けば何うでも斯うでも此方様《こなたさま》はお姉《あねえ》さまの事ですから、極りが着こうと思って、只今はお一方《ひとかた》で入らっしゃるので」
由「不思議でげすねえ……だから私《わたくし》が申したので、御様子が違うてえので……お屋敷はやはり駿河台の胸突坂で、旧幕時代二千五百石もお取り遊ばしたのでげす……違いますなア……え、お癪の起し振もどうも違います、二千五百石だけのお癪をお起しなさる……これはどうも」
やま「何しろお嬢様にお目に懸りますのは尽きせぬ御縁と申すもので」
由「ごまをするというので瓜揉を一つ頂戴」
と由兵衞が頻《しき》りに喋って居ると、向うの四畳半の離れに二人連の客、一人は土岐《とき》様の藩中でございまして岡山五長太《おかやまごちょうだ》と云う士族さん、酒の上の悪い人、此の人は三十七八になり未《いま》だ道楽も止まぬと見える。今一人は三十六七で小粋な人でございますなれども、田舎の通り者、桑原|治兵衞《じへえ》と云う渋川の糸商人《いとあきんど》でございますが、折々此の地へ参って遊んでばかり居ります。頻りにポン/\手を敲きますが、余り返辞を致しません。人が出て来ませんのは、沢山奉公人も居りませんから出ないと、癇癪を起して国会の演説が始まった様にピシャ/\手を敲きます。
岡山「誰《たれ》も来ねえのか、これ/\」
男「へえ/\」
と黄色い声で、
男「此方《こちら》様で」
とチョコ/\と来た者は妙な男で、もと東京の向両国《むこうりょうごく》の軍※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]屋《しゃもや》の重吉《じゅうきち》と云う、体躯《なり》の小さい人でございます。身の丈は二尺五寸しかないが、首は大人程ありまして、小さいたって彼《あ》の位小さい人はありますまい。形《なり》に応じて手足の節々も短かい。まるで子供のようであります。反物を一反買いますと、自分の着物に、半纒《はんてん》に、女房の前掛に、子供のちゃん/\が取れるというのでございます、三布蒲団《みのぶとん》を横に着て足の方へあんか[#「あんか」に傍点]を入れて、まだ二寸ばかりたれているというから、余程小さい男であります。割合に肥《ふと》って居て頭が大きいから、駈けると蹌《よろ》けて転覆《ひっくりかえ》る事がありますが、一寸《ちょっと》見ると写し画《え》の口上云い見たいで、なんだか化物屋敷へ出る一ツ目小僧の茶給仕のようでありますが、妙に気が利いて居て、なか/\発明な人であります。
重「へえ、お呼びなすったのは此方《こちら》でげすか」
というを見ると二人は驚きました。
岡山「なんだ化物か、アヽ何んだ」
重「お呼びなすったから参《めえ》りました」
岡山「何んだ、エ何んだ」
重「エヘ、お手が鳴りましたから参《めえ》りました」
岡山「お手が鳴ったって、何んだ、ウン……亭主は居らんか、総体当家ではなんだ僕たちを愚弄して居《お》るな、なんだ胆《きも》を潰す薄暗い処へピョコと出て驚く、真人間をよこせ、五体|不具《かたわ》なる者を挨拶に出すべきものでない、退《さが》って普通《なみ》の人間を出せ、なんだ」
重「へえ五体|不具《ふぐ》、かたわ[#「かたわ」に傍点]と仰しゃるは甚だ失敬で、何処が不具《かたわ》で、足も二本手も二本眼も二つあります」
岡山「それで一つ眼なら全《まる》で化物だ、こんな山の中で猟人《かりゅうど》が居るから追掛けるぞ、そんな姿《なり》でピョコ/\やって来るな、亭主を呼べ」
重「亭主は前橋へ往って居りませんから私《わたくし》が代りに出たので」
岡山「じゃア家内が居るだろう、家内を呼べ……これ先刻《さっき》小峯に口をかけた処が、小峯は病気で出られぬと其の方が申した、其の小峯がどう云う理由《わけ》で向うの座敷へ参って居《お》るか、さアそれを聞こう」
重「えい、病気で居たのでございますが、旧来《ながらく》のお馴染で、お客様へ一寸《ちょっと》御挨拶と云うので参《めえ》ったので」
岡山「なに馴染だと、これ僕等は馴染でないから大病であるか、立聞はせんが誠に静かであれば、馴染の客であれば
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