忽《たちま》ち大病が全快すると申すか、口をかけても偽病《にせやまい》を起して参らぬのは何う云う理由《わけ》か、さアそれを聞こうと云うのだ、来なければ来ないでよい、早く申せば旨くもねえものをこんなに数々とりはせぬぞ、長居をして時間《とき》を費《ついや》し、食いたくもない物を取り、むだな飲食《のみくい》をしたゆえ代は払わんぞ」

        二十九

重「誠にどうも仕様がございません、向うは馴染で御挨拶だけで」
岡山「挨拶だけという事があるか……」
桑原「まア/\君、待ちたまえ、僕も度々《たび/\》来ては厄介になるけれども、能く考えて見ろ、此の旦那様を此処へ連れて来て、芸妓《げいしゃ》を呼ばっても来ず、その小峯が向うへ来て此処へ来ねえで見れば、己が呼ぶたんびに祝儀でも遣らぬようで、朋友に対しても外聞の至り赤面の至りじゃアねえか、来《き》ねえば来《き》ねえで宜《よ》いが、どうも此方《こゝ》へは病気で参《めえ》られませんと云うて向うに居るのは奇怪《きっかい》じゃアねえか、どう云う次第であるか、胸を聞こう、向うへ挨拶なら此方《こゝ》へも挨拶だけ来て貰わねえばなんねえ」
重「あれはお母《っか》さんが堅いから出しません」
岡山「愚弄いたすな、来《き》なければ来《こ》んで宜《よ》い、此の方の酒食いたした代価は払わぬから左様心得ろ」
重「それは困ります」
岡山「困るたって、何故べん/\と待たした、来るか/\と思って要らんものまで取った」
重「貴方が召上ったので」
岡山「それは出たから些《ちっ》とは食う、食ったけれども代は払わぬ……」
桑原「いや、それは代は払っても宜《よ》いが、能く積っても見なんし、どう考えてもいやに釣られて、小峯が来るか/\と思って、長い間時間を費し、それ/″\要用《ようよう》のある身の上、どう云う理由《わけ》か我々どもを人力車夫《くるまや》同様に取扱われては迷惑だから、親方を此方《こちら》へ呼ばって貰おう、どれほど此の家に借りでもあるか、芸妓《げいしゃ》に祝儀でも遣らぬ事があるか、どう云う次第か、さアそれを聞こう、呼ばって来い」
重「前橋へ往って居ないと申しますのに」
岡山「前橋へ往った……帰るまで待とう」
重「何時《いつ》帰るかどうも知れません」
岡山「帰るまで泊って居《い》る」
 と云いながら突然《いきなり》重吉の頭をポカン。

重「おや何で打《ぶ》つのです」
岡山「打《ぶ》ったがどうした、大きな頭を敲き込んで遣ろうと思って打った」
重「無暗《むやみ》に打って失敬ではございませんか」
岡山「何がどうした、コレなんだ、化物見たいなものを遣《よこ》しやアがって」
 と云いながら其処にありましたヌタの皿を把《と》って投《ほう》りましたから、皿小鉢は粉々になりましたが、他に若い衆《しゅ》が居ないから中へ這入る人もない。すると上《あが》り端《はな》に腰を掛けて居たのは、吾妻郡《あがつまごおり》で市城村《いちしろむら》と云う処の、これは筏乗《いかだのり》で市四郎《いちしろう》と云う誠に田舎者で骨太な人でございますが、弱い者は何処までも助けようと云う天稟《うまれつき》の気象で、三《さん》の倉《くら》の産《うまれ》で、今は市城村に世帯《しょたい》を持って筏乗をして母を養う実銘《じつめい》な人。此の人は力がある尤も筏乗は力がなければ材木を取扱いますから出来ません。市四郎は侠客《おとこだて》の気質でございます故見兼ねて中へ飛込み、
市「貴方《あなた》待ってくんなせえ、困った人だ皿を投《ほう》っちゃア困りますよ、弱《よえ》え者|虐《いじ》めして貴方《あんた》困るじゃアねえか、大概《ていげえ》にしてくんなせえ、此家《こゝ》な連藏《れんぞう》さんは居ねえが、内儀《かみさん》は料理して居る、奉公人は少ねえに皿小鉢を打投《ぶっぽう》って毀《こわ》れます、三百や四百で買える物じゃアねえ、大概《てえげえ》にするが宜《よ》い」
岡山「手前《てめえ》何んだ」
市「己《おら》ア此処へ用が有って来合せていたのだ」
岡山「手前《てめえ》仲へ這入るなら僕らの顔を立てるのが仲裁の当前《あたりまえ》だ」
市「お前方の顔を立てゝ上げてえが立てようががんしなえ、相手が悪いならば、あんた方の顔も立てゝ上げやしょうが、弱《よえ》え者いじめをするにも程がある、此様《こん》なかたはナニ子供のような重さんの頭をぶちなぐる事はハアねえだ」
岡山「そんな不具者《かたわもん》の顔を立てんでも宜《よ》い、拙者どもは芸妓《げいしゃ》小峯を呼びに遣わしたる処、病気と欺き参らんのみか、向うへ来て居るのは甚だ奇怪《きっかい》に心得るから申すのだ」
市「それが奇怪だって、そりゃ無理だ、芸妓だっても厭な処《とこ》へは来《き》なえ、貴方《あんた》の方は厭だから来なえのだろう」
岡山「コレ甚だ失敬な事申
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