払っても、百二十円も有れば治まりがつくと云うくらいのもので、藤本の方を綺麗に極りを附けて小瀧を連れて来ましたが、宅《うち》へ入れる事が出来ませんから、足利の栄町《さかえちょう》六十三番地に、ちょっとした空家《あきや》が有りましたから、これを借受け、飯事世帯《まゝごとしょたい》のように小瀧と二人で暮して居りましたが、小瀧は何か旨い物が喰《た》べたいとか、あゝいう物を織らして来てお呉んなさいと云う我まゝ気随でありますが、茂之助は宅へ往《い》く了簡もなく、差向いで酒を呑み、小瀧の爪弾《つめびき》を聞いて楽しんで居ります中《うち》に、商売を懶《なま》けて居るから借金に責められるが、持立ての女だから、見え張った事ばかり為《し》て居ります。

        三

 塩町《しおちょう》と云う処に、相模屋《さがみや》と[#「相模屋《さがみや》と」は底本では「相摸屋《さがみや》と」]云う料理茶屋が有ります。此家《これ》は彼地《あちら》では[#「彼地《あちら》では」は底本では「彼他《あちら》では」]一等の家でございます。或日《あるひ》のこと、桑原治平《くわばらじへい》と云う他所《よそ》へ反物を卸す渋川《しぶかわ》の商人《あきんど》と、茂之助は差向いで一猪口《いッちょこ》飲《や》りながら、
治「こう茂之助さん、君イね、何も彼《か》も心得の有る人なり、それに前々は先《ま》ず戸田さまの御藩中であって大小を差した人に向って、僕が失敬な事を云うようで済みませんが、何うせ君の気に入るまいけれども、君の妻君のような者を持つは、実に此の上ない幸福だと思うが、おくのさんの心掛てえものは別だね、其の代り田舎育ちだから愚図だと云うは、何うもまア何かその云うことが、私《わし》も田舎者だから田舎の贔屓《ひいき》をするてえ訳じゃア無いが、言葉が違うので貴方《あなた》の気に入らんか知りません、言葉は国の手形さ、亭主の留守を守るのが細君の第一の勤め、家事を治めるのが当然《あたりまえ》の処だが、如何にもその、おくのさんの家事の守りようが真実で、無駄のないようにして、織娘《おりこ》の手当から、織上げさせてからに自分ですっかり綴糸を附けて、直ぐに六斎へ持出せるように拵えて置くのに、貴方《あんた》は少しも宅《うち》へ帰らねえのは心得違いで有りましょう、尤も今じゃア別に成っておいでなさるから宅へ往《ゆ》く事も有りますまいが、お父《とっ》さんは義理が有るから、おくのさんに彼《あれ》は宅へ寄せ附けないと云う、又おくのさんは、舅の機嫌を取って、貴方《あんた》の借金の方を附けるてえ事を、僕は此間《こなえだ》聞いてゝ落涙をしましたが、本当に感心な心掛だと思《おめ》えました、貴方《あんた》も子は可愛いだろうね」
茂「ヘヽヽ子の可愛く無いものは有りません」
治「それはね君も惚れて、大金を出してからに身請までした女を、よせと云うのは僕が強気《ごうぎ》に失敬な事を云うと君思うかは知れんが、彼《あ》のお瀧を、君に持たして置くのをよさせ度《た》いね、廃《よ》し給え、君の為に成らんから」
茂「誰も然《そ》う云うが、何うも自分の好いた女と、一《ひ》ト処《とこ》で取膳《とりぜん》で飯でも喰わなけりゃア詰らんからね、何も熱く成ってると云う訳じゃア無いが、僕の方からおくのを好いて持った訳でも無い、親の意を背かずに厭な女だけれども仕方なしに持ったが、自分の好いた女を愛して居るのがマア男の楽しみだからね」
治「それは楽しみさ、何も僕が君の楽しみを止《とゞ》めるてえ訳では無いが、如何にも君の細君の心に成って見ると、僕は君の楽しみを止《と》めたいね、彼《あ》のお瀧なるものは……君の前でお瀧と云っては済みませんが、僕も彼《あれ》が芸者で居る時分二三度買った事も有るが、おくのさんのように、あゝ遣って留守を守って固くして、亭主の借金|済《な》しまでして、留守を守って居るようなら宜しいが、中々彼は守らんぜ、密夫《みっぷ》の有る事を君知りませんかえ」
茂「え……誰か/\」
治「誰かと云うて顔色を変えて……迂濶《うっか》りした事は云えない、確《しか》と是はと云う証《しょう》もなし、何も僕がその密夫と同衾《ひとつね》を為《し》ていた処を見定めた訳では無いけれども、何うも怪しいと云うのは、疾《と》うから馴染の情夫《おとこ》に相違ないようだ、君の前で云うのは何《な》んだが、本当に彼《あれ》が君を思って貞女を立て通す気かも知れないが、君の処へ松《まつ》五|郎《ろう》と云うものが遊びに来ましょう」
茂「なに彼《あれ》は東京の駿河台《するがだい》あたりの士族で、まだ若《わか》え男だが、お瀧が東京の猿若町で芸者を為《し》て居た時分に贔屓に成った人で、今|零落《おちぶ》れて此地《こっち》へ来て居ると云うので、福井町《ふくいまち》に居ると云って時々遊びに
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