来るから僕も酒を飲合って居るのさ」
四
治「君は気い附かずに居るんだかね、君の留守へ彼《あ》の松五郎が来て、お瀧と差向いで飲んでゝ、僕の這入ろうと為《し》たのを、気い附かないようだったから、すーッと外して出たが、其の後《ご》両度ほど松五郎と差向いで酒を飲んで居た処を見たが、何も差向いで酒を飲んで居たから密通をして居ると云う訳でも無いが、実は色を売って居た芸者の事だから、何んとも云えないのさ、それに君も細君に苦労を掛けて、子まで有る身の上で、負債も嵩《かさ》んで居《い》られる事だから、日頃御懇意に致すに依って申すのだが、入らざる事を云うと君に愛想を尽《つか》されて立腹を受け、再び取引せんと云われゝば止むを得んが、全く君のお為を心得るから云いますので」
茂「有難う……然《そ》う云えば彼《あ》の松五郎は度々《たび/\》来ます」
治「度々来ましょう」
茂「私|彼奴《あいつ》たゞア置きませんヘエ……」
治「それは悪い……顔の色を変えて、たゞア置きませんなんて、刃物三昧をするのは時節が違いますよ、成程あんたは素《も》と戸田さまの御藩中だが、今は機屋だから機屋らしい事を為《し》なければなりませんよ、御近所に原與左衞門《はらよざえもん》も居りますから、誰《たれ》か解るものを頼んで、体能《ていよ》く彼《あれ》を東京へ帰すとか、又は他《た》へ縁付けるとかして、話合いで別れなえといけませんぜ、先方《むこう》で君に惚れて何処《どこ》まで居る了簡か、又は出てえ了簡なのかそれは分りませんが、君も然う思っては最う添っちゃア居られますまい、岡目八目だが」
茂「いえ何うも御真実|辱《かたじ》けない、成程浮気稼業の芸妓《げいしゃ》だからちっとは為《し》ましょうけれども、私《わし》が大金を出して、多分の金も有る身の上では無いが、彼《あれ》の借財を返して遣り、請出した恩誼《おんぎ》も有るからよもや[#「よもや」に傍点]と思います、彼《あ》の時など手を合せて、私《わたし》は生涯|此地《こゝ》に芸妓を為て居る事かと思いましたが、貴方のお蔭で足を洗って素人に成れまして、斯《こ》んな嬉しい事は無い、時節が違うからべん/″\と何時までも芸妓をして居る心は有りませんと云って拝んだ事も有りますから、此の恩誼は忘れまいかと思いますが、何う為たら宜かろう……二人の悪事を見定め、何うかして松五郎と密通して居る処へ踏み込んで遣りたいね」
治「じゃア斯う為《し》たら何うだろう、君は時々松五郎を家《うち》へ呼んで酒を飲み合うだろう、じゃア何うだえ、今夜は淋しくって夫婦差向いで酒を飲んでも面白くないが、東京の人の云う事は面白いから松さんを呼んで来なと云って、遅くまで飲んで、夜短《よみじ》かの時分だから泊ってお出《いで》な、是から帰るったって一人身の事だから、女郎買でも始めると宜くないと云って無理に止めてサ、貴方《あんた》が端の方へ寝て、中央《まんなか》へお瀧を寝かして、向うの端へ松五郎を寝かして、貴方が寝た振をして鼾《いびき》を掻いて居る、其の中《うち》にお瀧が中央に居るから、若《も》し情実《わけ》が有ればソレ夜中に向うの床の中へ這入るとか、男の方からお瀧の方へ足でも突込《つッこ》めば、貴方が跳起《はねお》きて両人《ふたり》をおさえ付け、実は斯ういう訳の有る事を知って居《お》るから汝《てめえ》を呼んだのだと云って、長熨斗《ながのし》を付けて呉れて遣る、己《おれ》も男だ、素《もと》より芸妓《げいしゃ》の浮気は知って居るから汝に呉れて遣ると云えば、銭入らずに事が済むから、然うしてあんなものは早く追出して仕舞って、何うかおくのさんを可愛がって上げなんし、宜くねえよ」
茂「誠に有難う」
治「然《しか》し僕が云ったと云ってはなりません」
茂「いや御親切誠に有難う」
と真実な治平の言葉に感じて宅へ帰りました。
五
其の翌日は丁度所の休み日で、
茂「今日は松五郎を呼んで一|盃《ぱい》飲みたい」
と手紙を以て松五郎を呼びに遣ると、早速まいりました。
茂「何ぞ旨い肴は無いか」
と云うので是から三人で酒を飲み合って居る中《うち》に、茂之助が気を付けて見ると、何うも二人の様子が訝《おか》しい、気が付かずに居《お》れば然《そ》うでもないが、疑心を起して見ると、すること成すこと訝しく見えます。ちょいと見る眼遣《めづか》いの時に、眼の球が同じ横に往《ゆ》きながらも、松五郎の方《かた》を見る時は上の方《ほう》へ往くが、僕の方を見る時は、下眼《さがりめ》で、何んだか軽蔑して見るような眼つきだ、鰌《どじょう》の骨抜を皿へとりわけるにも、僕の方には玉子の掛らない処を探して、松五郎の方へばかり沢山玉子の掛った処が往くと、一々気になって来ます。斯う遣って僕にばかり盃を差すのは、僕に酒を
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