かしかたぎ》の武家に生れ、御新造と云われた身の上だけに何処か様子が違います。娘小峰年齢二十五歳で、最う分別も附いて居ります。母と娘は摺寄りまして、
やま「皆さん御免くださいまし」
小峰「お母さん、もっと先へ出てお云いなさいよ」
やま「あい……さ松五郎、此処へ出ろ」
松「ヤお母《っか》アか……これは何うも面目ねえ、何うして此処《こけ》へ来た」
やま「なに……これ人非人《にんぴにん》……その形姿《なり》は何んだ、能くもずう/\しく其様《そん》な真似をして此処へ来て、まだ性懲《しょうこり》もなく悪事をするな……皆さま何ともお恥かしくって申そうようはございませんけれども、此の者はね貴方……少《ちい》さい時分から碌でなしの根性で、放蕩無頼で、何う云う訳か他人《ひと》さまの物を盗み取りましたり、親の物を引浚《ひっさら》って逃げますような悪い癖がございましたから勘当致しましたが、御維新|己来《このかた》汝《そち》の行方ばかり捜して居たが、東京《とうけい》には居らんから、大方函館へでも行ったろうと他人さまが仰しゃったが、三の倉で旦那さまが彼《あ》の騒動の時、汝は賭博打《ばくちうち》と組んでよくも旦那さまへ刃向い立てを為《し》たな、知らないと思って居《い》るか、そればかりじゃアない、今承われば殿さまのお胤《たね》のお藤さまを欺して、汝は折田村で殺そうと掛ったそうだが……まアどうも狗《いぬ》とも畜生とも云いようのない此様《こん》な悪人を……私はマア沢山もない子でございますが、惣領と生れ、跡目に成る奴が此様な恐ろしい根性な奴でございますとは、ハア何たる事の因縁かと存じまして、私は此の娘と二人で、毎度松五郎の事を申しては泣暮して居りますが、此の奴に引替えて此の娘は柔《やさ》しくして、芸者になっても精出して能く稼いで呉れますから、何うやら斯うやら致して居ります」

        七十五

やま「実に何うも松五郎のような不孝不義な奴はございません、お父さまの御命日に、お墓参りでも為《し》た事があるかと、偶《たま》に東京《とうけい》へ出てお寺へ往って、これ/\のもので年頃はこれ/\でございますが、塔婆《とうば》の一本も供《あ》げてお墓参りには参りませんかと、方丈さまや寺男に聞くのも、少しは悪をしながらも、親の有難いも主人の大切な事ぐらいは分りそうなものだと思って居るのに、つい墓参りをした事もない、尤も然《そ》う云う心があれば此様《こん》な悪い事も出来ませんが……どうせ遁《のが》れる道はないから、私は年を老《と》って何うなろうとも、小峰の掛合《かゝりあい》にならんよう立派に名乗り出て、自分だけの罪を被《き》るが宜《い》い……誠に何うも皆様に面目次第もございません」
 と泣き沈むを見て流石《さすが》の悪人松五郎も心に感じ、
松「橋本の旦那え、私《わっち》ア何う云う訳で此様《こん》な悪い事をしたかと思ってね、今夢の寤《さ》めたような心持で……その布卷吉さんは茂之さんの子たア知らねえ、年の往《ゆ》かねえで親の敵を討とうと云う其の孝心を考え、今まで此方《こっち》の作った悪事と不孝を思い合せれば、同じ人間に生れても迷えば此様なにも悪の出来るものかと、我ながら実に先非を悔いて改心致しました、もう何うせ遁れる道もありませんから、斯う云う親孝行な兄《にい》さんの手に掛って死にゃア本望で、昔なら腹ア切る処《とこ》でござえやすが、此の家を血で汚《けが》しちゃア客商売の事ゆえ永井の家に気の毒だから、向山へ引摺ってって思う存分に斬ってしまって下せえ、決して手出しは致しやせん、それとも縄に掛け派出へ引いてって、親の敵を捕まえましたといって処分に附けて下されば、私の罪も消えます、兄さん早く引張って往って、貴方のお手柄になすって下さい……サお瀧、お前《めえ》も此処らが死処《しにどころ》だ、成程考えるとなア茂之さんがお前を殺そうと思って裏口から這入って来た時、お前は己ん処《とけ》へ知せに来ていて、茂之さんのお内儀《かみ》さんが一人で留守居をして居ると、大夕立|大雷鳴《おおがみなり》の真暗《まっくら》の処《とけ》へ這入って、女房|児《こ》を殺した時の心持は何うだったろうと、悪事をする中《うち》にも時々思い出すと、余《あんま》り好《い》い心持じゃアありません……ナアお瀧、手前も時々|魘《うな》された事もあったな、手前も死処だぜ」
瀧「あゝ何うも面目次第もございません……私どもに縄を掛けて、布卷吉さんお前さんの思う存分胸の晴れるようにしてお呉んなさいまし」
松「決して手出しは為《し》ませんから引摺ってって下せえまし」
市「ウン能く覚悟をした、私《わし》ア縛る役じゃアねえけれども、逃げ隠れを為ようたって、捕めえたら動かさねえぞ、お役人の手数《てかず》を掛けるより私が引張って往《ゆ》く、無闇に人を
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