縛っちゃア済まねえから、私が手前《てめえ》を捕めえて往《い》こう」
やま「能く其方《そち》は覚悟をして縄に掛り、名乗り出る心になった、人は心から悪いものではない、一念の迷いから悪い事をすると聞く、何も彼《か》も知って居ながら此様《こん》な事をして…其方は暴れ者《もん》だが、親方さんのような力の強いお方に捕まって逃げ隠れを為ようとして怪我でもするといけないから、尋常に名乗って出ろ」
小峰「本当に憖《なま》じ逃げようなぞとして怪我アしてはいけませんから、おとなしく名乗って出て下さいよ」
七十六
松「大丈夫だよ、どうせ己は無《ね》え命だ……あゝ是まで母親《おふくろ》には腹一杯《はらいっぺい》痩せる程苦労を掛けて置いたから、手前《てめえ》己の無え後《あと》は二人|前《めえ》の孝行を尽してくれ、あゝ実に面目なくって何も云えません……何卒《どうぞ》直《すぐ》にお引きなすって下せえまし」
というので、是から市四郎が松五郎の手を捕《と》って二階を下りましたから、永井喜八郎は驚きました。是より引張って往《ゆ》き、派出へ此の旨を届けて申立てますと、警部公が一々お書取りに成り、渋川の警察署へ引かれましたが、桑原治平とお瀧との関係は相対密夫《あいたいまおとこ》でございますから、詐欺|取財《しゅざい》未遂犯と云うので処分は決って居りますが、何分にも謀殺を致した廉《かど》がございますので、松五郎は天命遁れ難く遂に死刑に処せられ、復讐と云う事は尤もない事でございますから、松五郎は此の儘死刑となり、お瀧は悪事を倶《とも》にしただけでございますが、人殺しがございますので重禁錮に処せられて、悪人は悉《こと/″\》く罰せられる事になり、お文は構いなし。跡で只嬉しいのは桑原治平で、千円取られるのを助かったのでございますから、
治「何共《なんとも》お礼の為《し》ようがない」
と、吝嗇《けち》な人で女の事でなければ銭を使わん人でありますが、其の時は余程嬉しかったと見え、二百円出して、
治「何うか市四郎さん二百円だけで……」
市「いや私《わっち》ア金を取る訳はねえ」
治「それではせめて此のお子に」
市「此のお子にたって、布卷吉さんも此の金を受ける訳はないから、何うしても受けられやせん、松五郎が名乗って出たんで此方《こっち》の恨みは晴れたが、此の母親《おふくろ》さんや妹が可愛そうだから、小峯さんを請出して遣ったら、首を斬られた松五郎へ追善にもなり、母親さんも安心だし、親子のものが助かる訳だから、左様《そう》なすったら何うです」
幸「これは宜うがす、お請出しなさい……峯ちゃんが得心なら、縛られて出たお瀧ね、お瀧より少し器量は少し悪いからお気に入らんか知らんが、小峯を貴方の女房にして遣っては下さいませんか、此の橋本幸三郎がお媒妁《なこうど》を致しましょう」
治「へえ、有難う……お幾歳《いくつ》で」
幸「二十五で」
治「ヘヽヽそれは有難い事で、女が好《よ》くったって悪党は驚きます、生血《いきち》を吸われますからな、何うもそれは有難い事で、幸三郎さん何うか願いたいもので」
というので、是から橋本幸三郎が媒妁《なこうど》で、小峯を桑原治平方へ世話をする事に決し、前橋竪町へ母お山もろともに縁付きました。此方《こなた》は予《かね》て約束もありますから、橋本幸三郎方へお藤を縁付けたいと云う事で、彼《か》の川口町の橋本幸三郎と云う御用達の家へ縁付けました。此の時の媒妁は桑原治平が宜かろうと云うので桑原治平が媒妁になって、お藤は橋本方へ縁付く事になりました、芽出たく事納まって後、布卷吉は祖父佐十郎を永い間介抱して見送りました後、奧木佐十郎の跡を継ぎまして、桑原治平は生糸《いと》商人だから糸を送り、橋本幸三郎が金を出して呉れましたから、立派に機屋を出して大層栄えました、末お芽出度いお話でございます。又筏乗の市四郎は、只今では長野県へ参りまして、材木屋を致して居《お》ると云うことを、五町田の百姓から私《わたくし》が聞いて参りました、其の儘取纒めた愚作でございますが、此のお話はこれで読切りに相成ります。へい御退屈さま。
[#地から2字上げ](拠酒井昇造速記)
底本:「圓朝全集 巻の三」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
1963(昭和38)年8月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の三」春陽堂
1927(昭和2)年1月28日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号は原則としてそのまま用いました。誤用と思われる箇所も底本の通りとしました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられてい
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