時に私《わし》が筏の上荷拵《うわにごしら》えをして居た処へ、山の上から打《ぶ》ち落ちて来た婦人が藤蔓の間へ引懸って髪の毛エ搦《から》み附いて、吊下《ぶらさが》って居た危《あぶね》え処《とこ》を助けて、身内に怪我はねえかと漸々《だん/″\》様子を聞くと、私が元三の倉に居た時分、御領主小栗上野さまのお妾腹《てかけばら》のお嬢さまと分ったので、私も旧弊なア人間だから、まア宜《い》い塩梅に助かったって、婆《ばゞあ》とも相談のう打《ぶ》って、然《そ》うして久留島さんまで送り届けて、直《すぐ》に四万へ追掛《おっか》けて往って掛合をしたが、其の時此の野郎を踏捕《ふんづか》めえれば宜かったアだが……汝《うぬ》此処へ来やアがって何んだえ化けやアがって、官員さまのお姓名《なめえ》を騙《かた》って太《ふて》え野郎だ……これ此処にござる布卷吉さんと云うのは、年イ未だ十五だが、偉《えれ》えお人だ、忘れたか、両人《ふたり》共によく見ろ、此のお子が七歳の時|汝《われ》が前橋の藤本に抱えられて小瀧と云ってる時分、茂之助さんが大金を出して身請えすると、松五郎てえ悪足《わるあし》が有って、拠《よんどこ》ろなく縁を切ったものゝ、あゝ口惜《くちおし》いと男の未練で、お瀧を殺すべえと云って茂之助さんが脇差イ持って往《ゆ》くと、物の間違てえものは情《なさけ》ねえもので、汝を殺すべえと思ったのが、闇の夜とは云いながら、此の布卷吉さんのお母《っか》さんを殺した処から、茂之助さんも顛倒《てんどう》してしまって、あゝ済まねえと思ったか、梁へ紐を下げて首を吊って死ぬくれえ非業な真似エしたのも、皆《みん》な汝から起った事だから、何うかして松五郎お瀧の二人を捜し出し、両親《ふたおや》の仇《あだ》、妹の敵《かたき》を討ちてえと、十三の時から心掛けなすった其の時に、私も入らざる事だが助太刀を為《し》ようと云ったのが縁となって、汝を捜しに来たら、丁度橋本さんにお目に懸ったのだ、サ最う斯うぼく[#「ぼく」に傍点]が割れたら駄目な話だ」
治「へえー実に驚きました、此のお子は茂之助さんの子かい、へえ……道理で此の女は何処かで見たようだと始まりから思ったが、私《わし》も斯う係蹄《わな》に掛るとは知らず、真実私に心があるのかと、男の己惚《うぬぼれ》で手出《てだ》[#ルビの「てだ」はママ]をしたが、お瀧でがんすか、其の時分には眉毛を附けて島田だったが、へえー、何うもずうずうしい奴で……私|彼《あ》の時|貴方《あんた》のお父《とっ》さんに然《そ》う云っただよ、彼の女を持ってゝは駄目だ、夜々《よゝ》斯う云う奴が這入って、斯う云う訳があるって、貴方のお父さんに意見を云っただが、何うも是は、何うも魂消《たまげ》たね、へえー」

        七十四

幸「やいお瀧、汝《てめえ》四万に居やアがった時に何と云った、瀧川左京と云う旗下の嬢《むすめ》でございますが、兄に欺《だま》されてと涙を落《こぼ》したを真《ま》に受けて、私《わし》は五十円と云う金を出し、汝を身請して橋場の別荘へ連れてッて、妾にして置くと、何んだ、しおらしく外へ出たくない、芝居へ往《ゆ》くのは勿体ない、旨い物は喰べませんと云ったのは其の筈だ、汝はお尋ねもので外へ出る事が出来ねえ、日向見《ひなたみ》のお瀧と云う日蔭の身の上とも知らず、欺されて橋場へ置く中《うち》に強盗《おしこみ》に殺されたと思ったら……由さん何うだえ、ずう/\しく此処に居るたア」
由「開化に成っては幽霊が生きて種々《いろ/\》なものに化けるんでげしょう、彼《あ》の時桟橋に血が流れて居ましたから、旦那も私も必然《てっきり》盗賊《どろぼう》に殺されて川ン中へ投《ほう》り込まれたものと思って居ましたが、ずう/\しく大丸髷で此処に居ても最ういけないよ、早く正体|顕《あら》わしておしまい、逃げたって騒いだッて開化の世の中、ビン/\と電信と云う器械がある、恐ろしい鉄砲時世に成ってるのに、昔|流行《はや》ったつゝもたせ[#「つゝもたせ」に傍点]、其様《そん》な事をしても役には立たねえぜ」
市「さアぐず/\したっていけねえ、何うだ、返答しろ、どうせ駄目だから、年齢《とし》の往《い》かねえ布卷吉さんが親の敵を討とうてえが、刃物で斬合うような事ア出来ねえから、尋常に縄に掛って、派出も近《ちか》えから引かれて往《い》くが宜《い》い、然《そ》うして是まで犯した悪事を自訴するが宜いわ、若《も》しじたばたすれば汝《うぬ》腕を引ン捻るぞ」
 と逃げもすれば殴飛《はりとば》す勢いで、市四郎は拳を固めて扣《ひか》えて居ます。松五郎お瀧の両人は多勢に云い捲《まく》られ、何も云わず差俯向《さしうつむ》いて居ました処へ、
山「少々御免下さいまし」
 と這入って来ましたのはお山、年齢《とし》五十五でございますが、昔気質《む
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